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031 Boys & Girls

 
「玉野さんって、藤崎くんと付き合ってるの?」
 
 
 帰り支度をしていたら、いつの間にか机の周りを三人の女子に囲まれていた。そこそこ可愛くて、そこそこ発言力もある、クラスの中でも割と人気な子達ばかりだ。携帯の画面を一瞥してから、明るい茶髪が腰まで伸びている女の子へとゆっくりと視線を向ける。毎日のシャンプーが大変そう。
 
 
「付き合ってないけど? どうして?」
「だって、毎日一緒に帰ってるじゃない」
 
 
 まるで責めるみたいな彼女の口調に、私は少しだけ困ったように首を傾げた。こういう下らない質問をされるのは何度目だろうと頭の中で数えてみる。瞬と会ったのは一年前だっていうのに、もう両手では数え切れないぐらいなのは間違いない。
 
 
「同じマンションだから帰り道が同じだけよ。付き合ってないと一緒に帰っちゃ駄目なわけ?」
「藤崎くんと一緒に帰りたい子、きっとたくさんいると思う」
 
 
 私の質問の答えになっていない。そんなの知るかっつうの、と言ってやりたいのをひとまず堪える。そんな事を言えば、明日からイジメの対象にでもなりかねない。愚図る子供のような言葉を吐き出して、彼女達が恨みがましそうな視線で私を見てくる。素直に、自分が一緒に帰りたい、と言えばいいのに。自分の要望をその他大勢の意見のように言い換えるところが何だか苛ついた。それじゃなくても、瞬と付き合ってると勘違いされただけで腸が煮えくり返りそうなのに。
 
 
「だったら、あなた達も瞬と同じマンションに引っ越せばいいんじゃないかな。そうしたら、毎日一緒に帰れるよ」
 
 
 にっこりと微笑んで、わざと意地の悪い言葉を返してやる。彼女達は、私の言葉を悪意と受け取ったのか、二三度口角を引き攣らせた後にキッと私を睨み付けた。微かに痙攣した頬肉がどうにも醜い。この世の中には女の子の嫉妬が可愛いと思う男もいるようだけど、私からすれば嫉妬はまるで硫酸のように女の子の顔をどろどろに溶かす。薄汚く、悪鬼のように。
 
 一瞬の静けさの中、教室の扉が開く音が聞こえた。扉の隙間から、瞬が顔を覗かせている。
 
 
「佐百子、帰れるか?」
「うん」
 
 
 もう一度待ち受けへと視線を滑らせてから、携帯を鞄の中へと放り込む。鞄を肩に掛けて、足早に瞬に近付く。クラス中の視線が瞬に集まっているのが解る。客観的に見れば、瞬の顔はとても美しい。僅かな少年っぽさを残して青年へと近付きつつあるその容貌は、どこか中性的な危うささえ感じさせる。
 
 
「今日うちに来いよ」
「何でよ」
「大地が遊びに来る」
「嫌よ。何で大地のためにわざわざあんたん家に行かなきゃなんないの」
「此花も一緒に来るぞ」
「なら行く」
 
 
 即座に掌を返すと、瞬は少しだけ不機嫌そうに眉を顰めた。此花ちゃんが一緒に来るというのが本当は気に喰わないのだろう。教室から出て行こうとした時、背後から声が聞こえた。
 
 
「藤崎くん、あたし達も一緒に帰っていい?」
 
 
 馬鹿が自分の領分も解らずに足を突っ込んできた。瞬は一度面倒くさそうに瞬いて、私を眺めた。顎をしゃくって促すと、気怠そうに唇を開く。
 
 
「駄目」
「何で? 玉野さんとは一緒に帰ってるのに」
「佐百子と一緒に帰ってるからって、何でろくに知りもしないあんたらと一緒に帰んなきゃなんねぇわけ? そもそもあんたらに興味ないし、俺の好みでもないし、正直うぜぇ」
 
 
 馬鹿正直に残酷な言葉を吐き捨てる。女の子達が顔をくしゃくしゃに歪めた後、わっと堰を切ったように泣き出すのが見えた。瞬はもう彼女達を見ていない。初めから興味がないのだから仕方ない。瞬はたった一人を盲目的に愛しているのだから。
 
 
「あんた明日からハブられるかもよ」
 
 
 教室から離れた頃に指摘してやる。瞬は一度眠たそうに瞬いてから口角を微かに吊り上げた。
 
 
「知るか。あんなブス共にハブられるならむしろ大歓迎だ」
「あんたからすれば女なんて全部ブスでしょうが」
「当たり前だ」
 
 
「このショタコンが」と呟くと、「五月蝿ぇ、ロリコン」と間髪入れずに返された。私と瞬が一緒に帰る理由。たぶん、それは私達が同類だからだ。お互い、ある人に狂おしいぐらい恋をしている。その恋は報われる可能性が限りなく低く、私達は近い未来とある罪を犯す覚悟している。
 
 瞬が携帯を開いて、待ち受けを眺めている。先ほど他人の心を粉々に踏み潰したとは思えないほど、その眼差しは優しかった。
 
 
 
***
 
 
 
 着替えを終えて、瞬の家へと向かう。今日は、清楚な白いワンピースを身につける。髪の毛は綺麗にまとめて、大人っぽさも演出する。勿論これは瞬のためなんかじゃない。
 
 瞬の家に行って来ると告げると、これから夜勤に向かう母親は疲れた眼差しで曖昧に頷いた。初めは、近所だからといって男の子の家に行くなんてと口酸っぱく怒られたものだが、最近は何も言わない。父親が病気で死んで、私の母親は蓄積されていく自分の疲労に対応するだけで精一杯なのだ。娘の私に向き合うだけの余裕はなくしてしまった。私はそれを寂しく思ったり、母親を哀れだと思ったりはしない。このマンションでは私のようなケースは珍しくない。
 
 オートロック付きの3LDKマンションには、まだ働き盛り両親と子供との家族連れがたくさん住んでいる。深夜まで両親が帰らず、このマンションに住む大半の子供が鍵っ子だ。瞬の家も、大地の家も、此花ちゃんの家も同じようなものだ。夕方五時から夜十時まで、このマンションは大人よりも子供の数の方がずっと多くなる。
 
 
 一階上の瞬の家へと向かい、いつも通り鍵のされていない部屋へと無言で入る。瞬は誰かに電話をしているようだった。手には宅配寿司のチラシを持っている。
 
 
「たまご二つ頼んで」
 
 
 横から口を挟むと、瞬は煩わしそうに顔を歪めた。だけど、結局たまごも一緒に頼んでくれた。たまごは此花ちゃんの好物だ。
 
 電話を切ると、瞬は露骨に舌打ちを零した。
 
 
「ウニがねぇんだって」
「売り切れだったの?」
「大地の好物なのに」
 
 
 私の質問に答えず、瞬は吐き捨てた。どかどかとソファへと歩いて行って、そのまま腰を下ろす。TVには大地と此花ちゃんの好きなアニメが映っている。傍にTSUTAYAの袋があるのを見ると、わざわざ大地のために借りてきたのだろう。
 
 瞬のひたむきさが私には時々痛々しく思える。もしかしたら自分自身を見ている気分になるからかもしれない。こうまで尽くして尽くして好かれたいのに、いつかその関係を自分で滅茶苦茶に壊してしまうと私達は知っているのだ。
 
 ピンポンが鳴る。途端、ソファから飛び起きた瞬が玄関へと足早に駆けていく。私もワンピースが乱れないように気をつけながら玄関へと向かう。本当は私だって全力でダッシュしたい。だけど、此花ちゃんが思う私のお淑やかなイメージを崩すことだけは避けたかった。
 
 
「大地」
 
 
 甘ったるい声が聞こえる。好意を全面的に押し出した柔らかい声だ。開かれた玄関の前には、大地と此花ちゃんがちょこんと立っていた。二人の小さな手は、しっかりと繋がれている。
 
 
「遅ぇじゃねえかよ」
 
 
 瞬の口調は乱暴だったが声音は優しかった。戯れるように大地の額を軽く小突くと、大地はくすぐったそうに笑った。
 
 
「此花がサユに花プレゼントしたいっていって、おそくなった」
 
 
 サユというのは私のことだ。大地はお馬鹿だから年上に敬語を使うということを知らない。大地の後ろに隠れた此花ちゃんがおずおずと片手に持った白い花を私へと差し出してくる。その可愛らしい仕草に、私の胸はぎゅっと締め付けられた。
 
 
「私に? ありがとう、すごく可愛いお花ね」
 
 
 此花ちゃんみたい。と囁くように付け加えると、此花ちゃんは頬をぽっと赤く染めて俯いた。嗚呼、やっぱり可愛い。肩まで伸びた髪の毛を軽く指先で梳きながら、そっと部屋の中へと促す。
 
 
「ご飯食べた?」
 
 
 訊ねると、此花ちゃんは口を噤んだまま首をふるふると左右に振った。
 
 
「此花ちゃんの好きなお寿司のたまごが来るから、一緒に食べようね」
 
 
 此花ちゃんが顔をパァッと輝かせる。嬉しさが全面に滲む顔を見ていると私も嬉しくなる。その横では、瞬と大地がまるで兄弟のように小突き合いながらじゃれているのが見えた。
 
 
「なんでウニ頼んでないんだよっ!」
「仕方ねぇだろうが、売り切れだっつうの」
「オレ、一番ウニすきなのに!」
「知ってるよ。次は絶対頼んでやるから我慢しろよ」
 
 
 駄々を捏ねる大地を宥めすかしながら、瞬は上手いこと大地をソファへと連れて行く。そのまま。大地をソファへと軽く倒すと、その小さい身体の上へと乗っかって全身をくすぐり始めた。
 
 
「うわっ、わぁ、ぁ、くすぐったい!」
「我侭言う奴はこうだ!」
 
 
 屈託のない笑い声が部屋中に響く。その声を聞きながら、窓際に置かれていた空っぽの花瓶を手に取った。膝を折って此花ちゃんと目線を合わせてから、そっと花瓶を差し出す。
 
 
「お水入れてきてくれる?」
 
 
 お願いすると、此花ちゃんは鈴が鳴るような声で「うん」と答えてからパタパタと水道へと向かって駆けて行った。その後ろ姿も堪らなく愛らしい。私のために花を摘んで、花瓶に水を入れて、それを実感するだけで子宮がせり上がってくるような高揚を感じる。
 
 ソファでは、まだ瞬と大地がじゃれ合っている。くすぐられ過ぎて涙目になった大地を、瞬が戯れの一つとばかりにキツク抱き締めている。大地の細い背中を抱き締める瞬の眼球には、遊びとは思えない切迫した色が浮かんでいる。
 
 
「瞬、今日ご両親は遅いの?」
 
 
 声をかけた瞬間、瞬がハッと顔をあげた。大地の身体から腕を解くと、平静を装って答える。
 
 
「たぶん今日は戻って来ないな」
「ふぅん」
 
 
 そんな事が聞きたかったわけではない。瞬が先走って大地を襲わなければ良かっただけだ。
 
 
「オレんとこも、最近帰ってくんのおそい。此花んとこもおんなじだって」
 
 
 ソファから起き上がった大地が少し寂しそうに呟く。大地の家はここより三階下で、此花ちゃんの家はその隣だ。どちらも両親が共働きで、小学一年生にして二人とも夜を一人で過ごさなくてはならない。だからこそ、こうやって私達が大地と此花ちゃんを呼び出すことが出来ているわけだけども。
 
 
 初めて二人と出会ったのは一年前だ。マンションの前の公園で、大地と此花ちゃんは二人ぼっちで遊んでいた。もう夕方六時を過ぎているのに二人とも家に帰る気配はなかった。その光景は毎日のように続いた。私と瞬が二人に声を掛けたのは、殆ど同時だった。その瞬間にお互いが欲しているものを悟った。私と瞬がお互いを同類だと認めたのもその時だ。
 
 
 
***
 
 
 
 白い花をいけた花瓶がリビングのテーブルに置かれている。届いたお寿司を食べて、四人でアニメを三話とバラエティ番組を見て、お風呂に入ることにした。
 
 大地と此花ちゃんのパジャマは、瞬の家に二着ずつ常備されている。大地と此花ちゃんが家から持ってきたわけではなく、私と瞬がそれぞれ自分が着せたいものを買ってきたのだ。大地のパジャマは白地に水色のチェック柄。此花ちゃんのパジャマはふわりとしたワンピース型で、ピンク地に淡い黄色の花が散りばめられたものだ。
 
 
「ひとりで入れるってば!」
「まぁまぁ、背中流してやるからさぁ」
 
 
 一人で入れることを主張する大地を、瞬が上手く取り成す。ぶーたれる大地の背中をバスルームへと押しつつ、私へとちらりと視線を向ける。その目が言っていた。
 
 
 『邪魔すんなよ』
 
 
 邪魔なんかするもんですか。あんただって邪魔しないでよ。と私も目で訴え返す。絨毯にぺたんと座り込んで人形遊びに夢中の此花ちゃんへとにっこりと笑いかける。
 
 
「後で一緒に入ろうね」
 
 
 此花ちゃんが照れ臭そうにふわりと微笑む。そのはにかみが私を参らせる。私の運命の子はこの子しかいないと再認識させる。瞬も同じようなものだ。瞬も、大地の我侭で甘えったれなところに随分と参っている。私にはさっぱりその良さが理解できないけれども。
 
 
 バスルームから水音が聞こえる。暫くは瞬と大地の楽しげなやり取りが聞こえてきたけれども、十分経つ頃には話し声は聞こえなくなってシャワーの音だけ響き始める。私は、瞬が大地に何をしているのか朧げながら解る。最後まではしていないだろうけれども、たぶん性的なことを少しずつ幼い身体に教え込んでいるのだろう。
 
 どうして瞬が大地にそんな事をしているのか、私には解りすぎるぐらい解る。だって、私も此花ちゃんに同じことをしているから。此花ちゃんの小さな花弁に指先を触れさせて、弄ることを教えたのは私だ。じわじわと洗脳し、いつか快楽の下に陥落させるために。
 
 此花ちゃんは眠たそうに目を擦っている。私はこの後の時間を想像して、口元に薄く笑みを滲ませた。
 
 
 
***
 
 
 
 ベッドルームで、大地と此花ちゃんが眠っている。少し寝顔が疲れているのは、先ほどのお風呂のせいかもしれない。寝息を立てる大地の傍らに座り込んで、瞬が大地の寝顔を携帯で撮っている。私も同じように此花ちゃんの寝顔を撮っている。可愛い待ち受け画面がまた増えた。
 
 瞬の顔は幸せそうに緩んでいる。私の顔もきっと同じようなものだろう。私達は狂ったように、この小さな子達を本気で愛している。私はレズじゃないし、瞬もゲイじゃない。ただ、好きになれたのはこの子達だけだった。初めて会った時から、心は奪われたままだ。
 
 
「早く大きくなれ」
 
 
 大地の前髪を緩く梳きながら、瞬が祈るように囁く。瞬と私は、十年後に罪を犯す。そうお互いに誓った。
 
 
『この子達が十六歳になったら強姦する』
 
 
 それまでは優しいお兄さんお姉さんのフリをする。最後まではしない。十六歳になったら、遠慮なく奪い取る。それまでの仮面をかなぐり捨てて、泣こうが喚こうが無理矢理にでも犯す。そう決めている。
 
 私と瞬はいつか結婚する。大地と此花ちゃんも結婚させる。仲の良い夫婦友達として、二世帯住宅で一緒に暮らす。勿論相手は交換して。世間から怪しまれずに、それぞれお互いが望む相手と一生暮らせる。瞬は大地、私は此花ちゃんを永遠に自分のものにできる。
 
 私と瞬は会って一週間後にこの計画を決めた。私と瞬は、業が深い。きっと地獄に堕ちる。だけど、堕ちる時には大地と此花ちゃんも一緒に引き摺りこむ。この子達がいない世界なんて耐えられない。
 
 
「なぁ」
「何?」
「大地は此花のことが好きなんだってよ」
「知ってる。此花ちゃんも大地のことが好きよ」
 
 
 何を今更なことを。可愛らしいカップルは、眠りながらも手を握り合っている。固く繋がれた掌を眺めながら、瞬がぽつりと呟く。それは嘲笑にも泣き笑いの声にも聞こえた。
 
 
「可哀想にな」
 
 
 誰が可哀想なのかは解らなかった。いつか残酷に引き裂かれる小さな恋人同士が可哀想なのか。それとも一生報われることのない私達が可哀想なのか。
 
 そんな事をぼんやりと考えながら、私は「うん」と答える自分の掠れた声を聞いた。
 
 

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Published in 短編

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