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01 ハーメルンの子供たち

 
 ココナッツの甘い匂いがした。
 
 褐色の肌をした子供は、くんと鼻を鳴らして部屋の匂いを嗅いだ。匂いを辿るように視線を豪奢な部屋へとゆっくりと巡らせる。視線が止まった先には、妖艶な笑みを浮かべた女がいた。肥えた男にしなだれ掛かるようにしてソファに座っている。褐色の子供の視線に気付くと、女は真っ赤な唇を左右に引き裂くように微笑んだ。それがまるで口が裂けたかのように見えて、褐色の子供は思わず視線を逸らした。女はそれを子供の照れとでも思ったのか、更に笑みを深めた。
 
 
「あら、初心なのね」
 
 
 女が揶揄するように呟いて、褐色の子供へと手を伸ばす。その頬へと掌が触れる瞬間、女の掌が軽い打音と共に払われた。女が甲高い悲鳴を大袈裟にあげる。
 
 
「何するの!」
「兄に触らないで下さい。僕らは貴女の遊び相手として呼ばれたわけではありませんから」
 
 
 女の手を叩き落としたのは、褐色の子供の横に座った白い肌の子供だ。白い子供は、褐色の子供を兄と呼んだ。だが、兄弟というにはその二人の容貌は明らかに血の繋がったものではなかった。褐色の子供は、短い黒髪に鋭く尖った金色の目をしていた。それに対して、白い子供は鮮やかな金髪に薄い蒼色の目を持っていた。二人ともまだ十歳に届くか届かないといった幼い風貌をしている。Tシャツとハーフパンツから覗く手足は、未だ子供特有の甘やかな柔さを残していた。
 
 子供らしかぬ落ち着き払った声で言い放つと、白い子供は口元ににこりと笑みを浮かべた。彼は、少女的とも思える愛らしい顔立ちをしている。微笑むと、花が綻ぶような可憐さがその顔面に滲んだ。
 
 
「前金は成功報酬の半分。契約終了後にもう半分を頂きます。支払いはすべてキャッシュで、それ以外は受け付けません」
 
 
 白い子供は滑らかな口調で言い放った。女の肩を抱く肥えた男が嘲るように口角を歪める。
 
 
「ガキが随分と饒舌に喋る」
「僕らは確かに貴方方からすればガキでしょうが、今はれっきとしたビジネスの相手です。僕たちが必要だから貴方は呼んだのでしょう」
 
 
 表情はにこやかながら、その口調はいっそ傲慢とも取れるほど事務的だった。白い子供は、微笑みながら目を薄く細めた。そうすると、愛らしい顔立ちが何処か酷薄に捩じれた。褐色の子供は、ぼんやりとした眼差しで白い子供の横顔を見詰めている。白い子供は、褐色の子供の視線に気付くと、その瞳を見返して少し困ったように微笑んだ。悪戯が見つかった子供のようなバツの悪そうな笑みだった。
 
 
「実際目の前にすると、ガキなんざやっぱり信用ならんな」
「それなら、契約は白紙に戻しましょう。僕らではなくても、貴方が望む結果を出せる傭兵はたくさんいるでしょう。今からその人たちにコンタクトを取って、貴方の敵を真正面から潰しに掛かればいい。勿論、僕らがやるよりも犠牲は高くつくでしょうが」
 
 
 きっぱりと言い切ると、白い子供は柔らかいソファから腰をあげた。隣に座る褐色の子供の手を掴んで、そっと立ち上がらせる。
 
 褐色の子供は、肥えた男の戦慄く頬を眺めている。肥えた男が悔しげに奥歯を噛み締めている。褐色の子供は、分厚い頬肉の奥で男の歯が軋んだ音を立てるのを聞いた。その歯軋りが鼓膜を不快に揺らす。
 
 
「本当に、二人でやれるのか」
 
 
 悔し紛れとも、縋り付くようにも聞こえる問い掛けだった。白い子供が冷めた眼差しで肥えた男を見据える。そうして、はっきりと答えた。
 
 
「僕ら、貴方よりも人を殺してるんですよ」
 
 
 その声を聞いた瞬間、不意にココナッツの甘い匂いに混じって、濃い血臭を感じた。鼻腔の奥に、錆び付いた臭いがべったりとこびり付く。褐色の子供は鼻頭を手の甲で乱暴に擦った。そうして、ここは酷く臭い、と思った。
 
 

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Published in その他

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