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01 神国

 
 噎せ返るような地の臭いだった。
 鼻腔の奥いっぱいに広がる土と湿気の臭気に、視界を埋める鮮やかな緑の色彩。
 
 
 足をやわらかい泥の中に埋めて、湯音は一人「ホゥ」と夜飛鳥(ヤトビチョウ)の鳴真似をした。
 
 
「ホゥ、ホゥ、ホゥ」
 
 
 三度繰り返せば、高い木々の挟間から真黒な両翼を広げた夜飛鳥が三羽、湯音の傍らまで飛び降りて来た。直径一メートルもある羽音が湿気を掻き回すように響き、夜飛鳥の細い足が泥の中に沈む。それから、泥の中で蠢く雑蟲を鈍色の嘴で突き、貪り食い始めるのだ。泥の底から「ギャ」「ギャン」と雑蟲の甲高い悲鳴が響き渡り始める。食うものと食われるもの。
 
 湯音はぼんやりと足元を眺めた。救いの地を求めた雑蟲が湯音の足を這い上がり始めている。泥に塗れた発光黄色の蟲は、七本の足で素早く湯音の着物の裾の中へと入り込んだ。皮膚の上を這いずる足の感触に、湿った皮膚がぞわりと震える。首筋まで上がってきた雑蟲を掴み取れば、耳元近くで「ギャ」と雑蟲の怯えるような悲鳴が上がった。掌の内側で藻掻く雑蟲を夜飛鳥へと放り投げれば、夜飛鳥は難無くそれを口でキャッチして一息に噛み砕いた。
 
 
「ギャン!」
 
 
 雑蟲の断末魔が響くが、湯音はそれを哀れだとは思わなかった。雑蟲を食わなくては夜飛鳥は生きていけない。それは湯音も同様だった。作物を荒らす雑蟲は湯音や湯音の“家族”にとって害でしかなく、それを排除するのは当然の事でしかない。哀れだと思うのはむしろ傲慢だと、湯音は感じていた。生かされているのは此方の方なのだから。
 
 雑蟲を呑み込んだ夜飛鳥が礼でも言うように「ホゥ」と湯音に鳴く。湯音は「構わない」とでも言うように緩く頭を左右に振った。
 
 周囲では夜飛鳥が相も変わらず雑蟲を喰らっている。生温い泥へと泥と同程度やわらかい掌を潜り込ませて、探るように掌大の塊を引きずり出す。薄暗い光の中、艶やかに輝くのは赤い実だった。赤い薄皮の下にはち切れんばかりの果汁と甘い実を蓄えている。今年の地柘榴は良い実だ。独りごちるように思い、湯音は小さく頷いた。
 
 
 今日は【蟲国】の豊穣祭だ。
 
 

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Published in その他

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