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028 神様とせんべい

 
神様、神様、って五万回ぐらい唱えて、囁いて、叫んで、もう咽喉も枯れ果てました。
それでも、神様は僕を助けてはくれなかったので、僕は自分で神様を創ることにしました。
 
初めは小さなところから、除々に大きなところへ、最後は数え切れないほどに。
僕の創った神様は、何千万人もの人から愛される神様になりました。
大きなお社に威風堂々と御座すその姿を、僕は多大なる優越感と微かな自己嫌悪を持って眺めます。
 
僕は、神様を信じてはいません。
それでも、神様を創った僕は一体何なんでしょうか。
 
神様を創った今でも僕は独りぼっち。
神様、神様、と百万回ぐらい唱えて、囁いて、叫んで、もう咽喉は潰れてしまいそうです。
ただ肩に掛けられた何千万という祈りという名の重みが僕の全身を押し潰します。
 
もう何年前から、せんべいみたいにぺちゃんこになった自分を想像します。
少し笑えます。
だけど、その後とめどもなく涙が溢れ出します。
もうそろそろ涙も枯れそうです。
 
 
その日も、僕の創った神様の足元で、ひとりしくしくと泣き続けていました。
お社に入ってくる足音に気付いて振り向くと、ひとりの少年が僕をじっと見詰めていました。
 
 
「あんたが教祖さま?」
「はい」
「何で泣いてるわけ?」
 
 
勝ち気な目をした少年は、臆することもなく質問を投げ掛けてきます。
敬語が使われていない言葉を聞いたのはひさしぶりで、僕は酷く吃驚しました。
 
 
「せんべいが」
「はぁ?」
「せんべいを想像して、何でだか悲しくなったんです」
「何で?」
「だって、せんべいはぺちゃんこだから」
 
 
如何にも不可解なことを聞いたとばかりに少年は首を傾げます。
それから、いとも簡単に僕の長年の悩みを吹き飛ばす言葉を呟いたのです。
 
 
「別にぺちゃんこでもいいじゃん。美味いよ、せんべい」
 
 
僕は、ふと、不意に、本物の神様を目の前に見た気持ちになりました。
そのたった一言で、僕は長年の苦しみや悲しみから救われたような気がしたのです。
泥の底から引き摺り上げられたような開放感が僕の全身を覆います。
僕は、僕の創った神様よりもずっとずっと僕を救ってくれる神様をその時見つけたのです。
 
少年は調子が狂ったとでも言わんばかりにガリガリと後頭部を掻いてから、僕の前にゆっくりとしゃがみ込みます。
 
 
「つぅかさ、うちの母ちゃん帰してくんない?」
「母ちゃんですか?」
「そう。あんたんとこの宗教にハマッちゃってさ、ご本山でお祈りをしないと宇宙が破裂するとかわけわかんねぇこと叫んで、家飛び出しちまったんだよ。親父は呆然とするし、妹は毎日大泣きだし、弟は不登校になるし、もーマジで俺んちてんやわんや。崩壊寸前なわけ。わかる?」
「何となく」
「何となくじゃ困んだよ。とにかくうちの母ちゃん連れて帰んねぇと、宇宙の前に俺んちが破裂する」
 
 
う゛がー、と奇妙な雄叫びをあげながら、少年は両手で髪の毛をぐしゃぐしゃと掻き乱しました。
僕は少しだけ眉尻を下げて、少年に同情を示しました。
 
 
「それは困るね」
「ちょー困る。だからさ、教祖さまからうちの母ちゃんに言ってやってよ。宇宙は破裂しませんので、どうぞおうちにお帰り下さいってさ。そしたら万事オッケーなわけ。わかる?」
「わかります」
「オッケー。なら、帰してくれる?」
 
 
かくりと小首を傾げた少年は、まるで強請るかのように甘えた表情を浮かべています。
僕はふと不思議になりました。
神様である少年がどうして僕にお願いをしているのだろう。
敬い平伏し慈悲を乞わなくてはいけないのは僕の方なのに。
 
 
「いいですよ」
「えっ、マッジでー。サンキュー」
 
 
あっさりとした僕の答えに、少年は大袈裟な身振りで喜びを示しました。
卑しい僕の両手を掴んでぶんぶんと上下に振る姿は、あまりにも無邪気で神々しかったのです。
その勝ち気な瞳が笑みに細められているのを見て、僕は不思議と胸がどきどきするのを感じました。
 
 
「ただお願いがあります」
「へぁ?」
「どうかお名前を教えて下さい」
 
 
唐突な僕の言葉に、少年は一瞬目を白黒させました。
当然です。
僕のような卑しい者から、神様のお名前を尋ねるという無粋な真似をされたのですから。
 
 
「うん、あぁ、ミノベアキラ、です」
 
 
ミノベアキラ様、ミノベアキラ様、僕は頭の中で何度も繰り返しました。
ミノベアキラ様の両手を握り返してそのご尊顔を間近で見詰めると、ミノベアキラ様は驚いたように目を見開かれました。
 
 
「ミノベアキラ様、せんべいはお好きですか?」
「はぁ? まぁ、好きだけど」
 
 
胸が満ち足りました。
今まで孤独と絶望だけが満ちていた僕の胸に、柔らかく温かい愛が芽生えたのです。
 
ミノベアキラ様はせんべいを好いていらっしゃる。
その事実だけが、僕には例えようもないほど幸福に思えました。
 
突然ガックリと頭を垂れた僕に、ミノベアキラ様が慌てたように声を掛けます。
 
 
「ちょっ、わ、あんた大丈夫!?」
「あなたを愛しています」
「はぁ!?」
「愛しています」
 
 
ミノベアキラ様は素っ頓狂な叫び声をあげた後、呆然と僕の顔をお見詰めになりました。
それから、慌てて僕の手を振りほどくと、二三歩後ろへと後ずさりました。
 
 
「あんた、変!」
「はい、ミノベアキラ様のおっしゃる通りです」
「もう、帰る!」
「お母様はよろしいんですか?」
 
 
ミノベアキラ様は、一瞬ぐっと言葉に詰まられました。
ですが、何も言わずにそのまま乱暴な足取りで去って行かれました。
 
僕はミノベアキラ様が去られたことを残念に思いながらも、その一方で酷く安堵を覚えました。
ミノベアキラ様は、必ずもう一度僕のもとにいらっしゃる。
 
それまで、僕はこの胸のうちに灯った温かい愛を大切に育てていこうと思います。
今度ミノベアキラ様がいらっしゃった時、あの方を僕の誠心誠意の愛で包み込めるように。
 
 

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