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02 ハーメルンの子供たち

 
 ジェドは、泣き真似が苦手だ。苦手というよりも、出来ないと言った方が正しい。泣きたい時に涙は出て来ない。眼球は太陽に照らされた砂のようにカラカラに乾いたままで、どれだけ頑張ろうと潤む気配など欠片も見せはしない。
 
 遠くから聞こえてくる泣き声に耳を澄ませながら、ジェドは自分はいつから泣く事を忘れたのだろうと考えた。まだジェドが生まれてから十年しか経っていない。その十年の間で、自分はいくつの感情を忘れ去ったのだろう。抽象的な思考はまとまらず、野太いゲリラ兵達の声に掻き消される。
 
 
 何故こんなところにガキがいる。そう叫ぶゲリラ兵に、か細い子供の声が答える。ガイドと一緒に乗ってた車が知らない男達に襲われて、僕は砂漠に放り出された。場所も解らず歩いていたら、いきなりこの穴に落ちたんだ。と、打ち合わせ通りならエミーはそう答えているはずだ。ゲリラ兵達からは多少怪しまれるだろうが、きっと大丈夫だろう。昔は子供に爆弾を巻き付けて敵軍へ特攻させる戦法もあったようだが、エミーは爆弾どころか拳銃すら身に付けていない。
 
 手触りの良い生地で作られた洋服、ダイアがあつらわれた高級腕時計を見れば、運悪く強盗にあったお坊ちゃんだと思わせることが出来るだろう。何よりもエミーのその顔立ちが男達から疑惑を取り去る一番の武器となる。エミーは、一目見ただけで苦労知らずな坊っちゃんという印象を相手に抱かせる顔立ちをしている。邪気のない上品な面構え、ジェドとは正反対だ。それにエミーは、ジェドよりもずっと言葉巧みだ。大人達の疑いを巧みに擦り抜けて、上手く作戦通りに事を進めるだろう。
 
 
 ジェドが潜む狭い穴には、砂漠と同色のシートが被せられている。シートの端を軽く捲って、小型望遠鏡で百メートル以上先の様子を垣間見る。
 
 穴から引っ張り出されたエミーが軍用車の荷台へと乗せられるのが見えた。ゲリラ兵達は顔を見合わせて、ニヤニヤと意味深げにほくそ笑んでいる。きっと親から幾ら金が引き出せるのだろうと考えているのだろう。ゲリラは慢性的に金に飢えている。金が入る端から武器へと変わっていくから当然だ。
 
 ふと、数時間前にエミーが言っていた言葉を思い出す。
 
 
『彼らは目的と行動がちぐはぐだ。生きるためではなく、死ぬために戦っているみたいだ』
 
 
 ジェドにもエミーにも、大人達が考えることは理解できない。誇りや愛国心、そんなもののために命を捨てるのは馬鹿げている。そうして、時には最初の目的すらもあやふやになる様子には滑稽さすら覚えた。
 
 このゲリラ達もそういった類だ。当初は国を救うという大義をもって立ち上がった民兵達が内紛が終わった途端に、今度は国を脅す側へと回ったのだ。近隣の村を襲い、略奪と虐殺、強姦を繰り返したあげくに誘拐した要人の命を盾に国に身代金を要求してきた。文字にすれば、それは滑稽さを増す。こんなにも簡単に理想を裏切れるのならば、最初から山賊とでも名乗っておけば良かったものを。
 
 
『裏切ったのだから、裏切られるのも仕方ないことだ』
 
 
 これもエミーの台詞だ。とうとう元英雄達は国から見限られた。ジェドとエミーは、彼らへクビを通告する係を申し付けられた。勿論それ相応の報酬と引き替えに。十歳の子供が手に入れるには膨大な報酬だが、それがこれから死ぬ人間の数に値するだけの金額かは判らない。きっと一生判らないだろうとジェドは思っている。
 
 
 エミーを乗せた軍用車が走り去っていく。情報によれば、彼らの基地は山肌に掘られた岩穴だと言う。ジェドの足なら、ここから五分もかからない場所だ。
 
 小型望遠鏡を腰につけたサイドポーチへと収める。シートを被せ直せば、再びそこは四方八方を砂に囲まれた密室へと戻る。子供一人が何とかうずくまれるぐらいの狭い穴へと腰を下ろして、傍らに置いた清涼飲料水を少しだけ口に含む。
 
 行動を起こすのは夜。それまで、時間がある。日溜まりのように温かな砂へと背を押し付けて、ジェドはゆっくりと目を閉じた。
 
 

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Published in その他

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