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03 ハーメルンの子供たち

 
『クー』
 
 
 聞こえた。左耳に入れたイヤホンから、確かにエミーの声が聞こえた。
 
 
『クー』
 
 
 目を開くと、数センチ先も見えない暗闇が眼前に広がっていた。無造作に手を伸ばして、穴へと立て掛けておいたサブマシンガンを掴む。左脇に抱えるなり、ジェドは頭上のシートを捲って砂漠へと駆けだした。
 
 砂漠に夜が来ていた。昼間とは打って変わって、ひやりと冷たい大気が皮膚を覆う。暑い雲に覆われた空には、月や星の影一つ見えない。体内を黒く満たしていくような漆黒の闇があるだけだ。
 
 
 元から小さい身体を、更に半分に折り曲げるような低姿勢で目的地へと向かって駆け抜ける。今回のために用意した砂地用の衝撃吸収ブーツがジェドの足音を随分と消してくれている。ネット通販も馬鹿にできないと上の空で考える。子供用のサイズがなくて結局オーダーメイドになってはしまったが。
 
 
 まず視界に入ったのは、岩穴の入口に立つ数人のゲリラ兵の姿だ。灯りはなく、黒い軍服は暗闇へと溶けていたがジェドには見える。目線を動かさずに数と位置を把握する。
 
 距離が二十メートルとなった所で、ゲリラ兵の一人が獣のように迫りよる気配に気付く。男の視線がジェドの姿を探そうと動き出した時、既にサブマシンガンの銃口はゲリラ兵達へと向けられていた。
 
 花火のような音が小さく鳴った。ゲリラ兵達の身体に無数の小さな穴が空いて、その穴から霧のような血が噴き出す。糸の切れた人形のようにゲリラ兵達の身体が地面へと落ちていく。だが、その時にはジェドはその人形の横をとっくに通り過ぎていた。
 
 
 狭い岩穴へと迷わず突入する。駆ける勢いのままに、視界に入った兵士達を殆ど流れ作業のように撃つ。シューティングゲームと一緒だ。ゲームなんてやったことないけれども。
 
 ジェドの姿を目にしたゲリラ兵達は皆一様に同じ顔をする。ぽかんと口を半開きにして、何故こんなところに子供がいるんだと言わんばかりの表情をする。だが、向けられた銃口を見た途端、その表情は一瞬で変わる。驚愕と恐怖に眼球が極限まで見開かれ、まるでB級ホラーのような大袈裟で滑稽な表情を浮かべる。だが、その表情も直ぐに銃弾によってバラバラに崩れる。皮膚が剥がれ、肉が削れ、骨が砕かれ、顔と呼べない肉の塊へと変わってしまう。死ねば、個性など何もない、皆同じ肉でしかなかった。
 
 
 複数方向に分かれた岩穴を迷わず駆け進む。右耳のイヤホンからは、ジェドを誘導するエミーの微かな声が聞こえる。
 
 何十人撃っただろう。走りながら、慣れた手付きでマガジンを交換する。空になったマガジンが地面に音を立てて落ちるのが後方から聞こえた。
 
 
 岩穴の行き止まりに、一人の男が立っていた。赤い羽根が側面に飾られた帽子を被っている。確か、書類に目を通した時にこの男の写真を見た。このゲリラのリーダーである、カノーラ・ゲバラだ。
 
 カノーラは、盾にするかのようにその太い腕で華奢な男を取り押さえている。この華奢な男の姿も書類で見た覚えがあった。この国にうちたった新政府の書記官だ。カノーラの左右には、おそらく護衛兵であろうゲリラ兵が二人立っている。ジェドの姿を見た瞬間に、護衛兵は迷わず発砲してきた。
 
 とっさに壁の影へと飛び込む。銃弾が岩壁を削る鋭い音が鼓膜に聞こえた。どうやら基地を襲撃しているのが子供だということは既にバレているらしい。
 
 
「出てこい」
 
 
 威圧的な声に、無闇に反発心が湧いてくる。返事を返さないでいると、威嚇のつもりか再び岩壁へと銃弾が撃ち込まれた。銃弾によって削れた岩壁が白っぽい粉となって空中へと舞い上がる。
 
 
「チャイルドソルジャー、出てこい」
 
 
 出てこいと言われて、素直に出る奴がいるのだろうか。サブマシンガンの短い銃身を掌で撫でさすりながらぼんやりと考える。
 
 
「出てこないなら、こいつを殺す」
 
 
 見なくても、その光景は想像できる。今頃書記官の側頭部には銃口が押し付けられているのだろう。国の要人を人質にでもしたつもりか。
 
 
「人質が死んじまってもいいのか? お前は、新政府から人質を救出して来いとでも依頼されたんだろう?」
 
 
 微か鼻で嗤うようにカノーラが問い掛けてくる。そうして、吐き捨てるように言葉を続けた。
 
 
「何が新政府だ。結局やってる事は、俺達と変わらないじゃないか。新しい政府が建った途端、俺達はお払い箱か。一体誰が血を流したと思う。何百人もの犠牲を払って、ようやくあの独裁者共を殺したのに、今度は俺達が悪党だと言うのか。巫山戯るな、悪党はお前達の方じゃないか…」
 
 
 それは恨み言というよりも、カノーラ自身の深い悔恨のように聞こえた。爺のような繰り言に耳を澄ませながら、ジェドはただ待機に徹した。先ほど、カノーラの数メートル背後に後ろ手に縛られたエミーの姿が見えた。それならば、ここでジェドが動く必要はなかった。
 
 
「俺達は英雄だ。昔も、今も、英雄のはずなんだ…。それを理解しない奴らを殺して何が悪い。どいつもこいつも新政府に惑わされて俺達を邪魔者扱いしやがって…。そうして、今度は俺達を消すために子供を送り込んでくるのか。馬鹿にしやがって…」
 
 
 カノーラの嘆きは止まらない。ねっとりと鼓膜にへばり付くようなカノーラの声に、ジェドは何も答えない。そもそも答える必要がないからだ。この戦闘に、話し合いの余地など最初から存在しない。あるのは一方的な殺戮だ。おそらくカノーラだってその事に気付いているだろう。年端もいかぬ少年兵が送り込まれてきた時点で、新政府はゲリラとの交渉など端から放棄していることに。
 
 
 長ったらしいカノーラの声に混じって、ヘルプと囁く書記官の掠れた声が聞こえる。へるぷ、へるぷ、真似するように声に出さないまま唇だけ小さく動かす。ヘルプという言葉のいかに無力なことか。そんな言葉は命乞いにもならない。
 
 
「お前達も消耗品と同じ扱いをされている事に気付かないのか? 俺達を殺して金を貰うのか? そんな汚れた金に何の意味がある」
 
 
 随分と綺麗ごとをほざくものだ。周辺の村を襲って、金品を強奪してきたゲリラが言う言葉ではない。それに、汚れていようが汚れていなかろうが金は金だ。ジェドとエミーには、生きる為にどうしても金が必要なのだ。目の前の大人達よりも、ジェドとエミーの方がよっぽど単純明快だ。
 
 無言が続くことに苛立ったのか、カノーラが怒鳴り声を張り上げる。
 
 
「いつまで黙り込んでるつもりだ! こいつが殺されてもいいのか!」
「はい、構いません」
 
 
 カノーラの喚き声に続くようにして、声変わりもしていない高い子供の声が響く。ジェドの右耳のイヤホンからも同じ声が聞こえた。
 
 
「僕らが依頼されたのは人質救出ではなく貴方達の殲滅ですから」
 
 
 場にそぐわない朗らかな声だった。だが、その声をカノーラが聞いたかは解らない。おそらく今カノーラの腎臓にはナイフが突き刺さっている。その背後に立つエミーの手によって。
 
 エミーの声を皮切りに、ジェドは隠れていた壁から一息に飛び出した。ジェドへと向かって足を進めていた護衛兵達へとサブマシンガンの弾を迷わず撃ち込む。乾いた銃声に、人体が破壊される湿った音が混じる。
 
 
 視線の先で、エミーが念のためとばかりにカノーラの頸動脈を真一文字に切り裂いていた。まるで噴水のように噴き出る鮮血が低い岩天井へと飛び散る。ぽつぽつと雨漏りのように血が滴り落ちる天井を見上げてから、ジェドはヘたり込む書記官へと近付いた。サブマシンガンを抱えたジェドの姿に、書記官が短い悲鳴をあげる。その恐怖の悲鳴を、ジェドは少し寂しい気持ちで聞いた。
 
 
「兄さん、怪我はない?」
 
 
 今しがた人の首を切り裂いていたとは思えない親しげな声でエミーが問い掛けてくる。ジェドは小さな首肯で応えた。エミーが満足そうに微笑む。
 
 語らいは一瞬だった。バックパックを下ろすと、ジェドはエミールへともう一丁のサブマシンガンを手渡した。一緒にマガジンを二つ、エミーのポケットへと押し込む。
 
 サブマシンガンを片腕に抱えるとエミーはヘたり込む書記官へと視線を向けた。口早に問い掛ける。
 
 
「僕らは今から撤退しますが、一緒に来ますか?」
 
 
 質問は端的かつ簡潔だった。書記官は呆然としたまま、なかなか結論を出さない。エミーが軽く肩を竦める。
 
 
「さよなら、おじさん」
「ま、待ってくれ。君たちは私を助けに来たんじゃないのか?」
 
 
 素っ気ないエミーの声に、慌てたように書記官が問い掛けてくる。額に冷汗を滲ませた書記官をエミーは冷たく見据えた。
 
 
「言ったでしょう? 僕らはこのゲリラを殲滅しに来たんです。貴方の救出は契約外だ」
「契約?」
「僕ら傭兵ですから」
 
 
 足音が聞こえた。生き残ったゲリラ兵がこちらへと向かっているようだ。ジェドは素早くサブマシンガンを構えて、エミーの肩を叩いた。
 
 
「クー」
 
 
 エミーの耳元へと小さく囁く。その一言を聞いたエミーが頬に嬉しげな笑みを浮かべる。エミーは口の中へと指を突っ込むと、ビニールに包まれた小指大の機械を体内から引き出した。奥歯に糸で引っかけてエミーの胃袋へと入れられていた小型通信機だ。
 
 
「何だか、お腹いっぱいにコールタールでも飲んだみたいだったよ」
 
 
 コールタールなんて飲んだことないくせに。まるで悪戯に成功したかのようにエミーが軽く舌を突き出す。通信機を床へと投げ捨てると、エミーは一気に駆け出した。同時にジェドも駆け出す。背後から書記官の泣き声にも似た声が聞こえてきたが、ジェドもエミーも反応を返さなかった。
 
 

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Published in その他

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