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03 生首は唄う

 
 くすんだ窓硝子の向こうを霧が覆い隠していた。重苦しい雰囲気で周囲を真っ白く染める霧を、車のウィンドウ越しに見遣る。ガタガタと上下に大きく揺れる車体を感じながら、輝樹はもう何度目になるかもわからない溜息を吐いた。
 
 神尾と話した後、抗う間もなく黒塗りの車に押し込められて、わけもわからない内に刑務所のような学校に連れて行かれようとしている。母親にも、一度しか会ったことのない父親にも、友達にも、誰一人として別れの挨拶をすることすら出来なかった。こんなのは拉致と同じだ。そう思うと、歯噛みするような悔しさや、それを押し退けるほどの悲しみが込み上げてくる。
 
 それもこれも、全部こいつのせいだ…。
 
 そう思うと、堪えようもない憎悪が溢れ出た。隣の座席に転がされている首を、横目で睨み付ける。久美子は、輝樹の苛立ちに気付いていないのか、それとも気付いているからこそなのか、やけに楽しげに鼻歌を口ずさんでいる。
 
 
「ふふふーん、ふふふっー、ふふふふー、ふふっふー」
 
 
 ツインテールを左右に揺らしながら歌う生首は、酷く不気味だった。その首の断面からは、相変わらず血が滲み出して、座席のシートにじわじわと赤色を染み込ませている。輝樹の眼差しに気付いたのか、久美子がニィーと目を細める。
 
 
  「ビートルズのレット・イット・ビーよ。知らないのぉ?」
 
 
 馬鹿にするような口調が余計に腹立たしい。鼻梁に皺を寄せた輝樹を見て、久美子がハンッと鼻を鳴らして笑う。
 
 
「しょぼくれた顔しやがってよぉ。すべての不幸はあたしのせいだとでも言いたいわけぇ?」
「…御前のせいだろうが」
 
 
 唸るように吐き捨てると、久美子が嘲るように咽喉を高らかに鳴らした。
 
 
「バァカ。あたしは御前なんだよ。あたしのせいってことは、つまり御前のせい。御前自身の責任で、問題で、とどのつまり、御前が解決しなくちゃいけないことじゃないのぉ?」
「御前が俺だなんて信じてない」
 
 
 久美子から視線を逸らして、頑なに拒絶の言葉を吐き出す。こんな性格の悪い生首が自分の内面の一部だなんて、そんな簡単に信じれるわけがなかった。輝樹にしてみれば、とんだ勘違いに巻き込まれたようにしか思えない。久美子が溜息を吐きながら、見せ付けるように顔を左右に振る。ツインテールが踊るように揺れた。
 
 
「これだから融通の利かない馬鹿は嫌いなのよぉ。ま、どうせ嫌でも解るわよ」
「一体何が解るって言うんだ」
「逃げられないってことが。あたしからも自分からも、御前に逃げ道なんかねぇよ」
 
 
 久美子がにやりと唇を歪める。輝樹には、それがまるで死刑宣告かのように聞こえた。背筋を寒いものが走る感覚に、皮膚がぶるりと小さく震える。
 
 その時、霧の向こうから聳え立つ建物が見えてきた。コンクリート打ちっぱなしのその建物は、霧のせいで濃鼠色に濡れている。何処か墓石を思わせる長方形のビルだった。
 
 そのビルの二階辺りに、白いもやに紛れて人影が見えた。ベランダの手すりに凭れかかって、じっと輝樹達が乗った車を見下ろしている。そうして、人影がゆっくりと片手を動かすのが見えた。おいで、と手招きするような仕草だ。まるで霊界からの誘いのようなその光景に、輝樹は身体を強張らせた。自分は一体何処に連れて行かれるのか。とめどもない不安が再び胸を覆って、息が苦しくなった。
 
 

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Published in その他

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