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04 生首は箱の中

 
 その学校に着いた途端、輝樹は小さな箱を手渡された。どうやら生首を入れるらしいそのプラスチック製の箱は、四方が透明で、ある一種虫カゴのようにも思えた。久美子をぞんざいにその中へと放り込めば、久美子がぎゃんぎゃんと文句を声高に叫んだ。
 
 
「レディはもっと丁寧に扱いなさいよ、この童貞野郎!」
「五月蝿い、御前がレディだとか頭可笑しいだろうが!」
 
 
 こうやってお互いに罵り合うのが癖のようになりつつある。生首と言い争いだなんて、心底ぞっとする。首へと紐掛けた箱を、胸元で抱くと更に憂鬱が深まった。まるで骨壷でも抱いているような不気味な感覚だ。何処か薄気味悪くて、おぞましい。箱の中で、久美子が不貞腐れたようにそっぽを向く。輝樹も同じように、久美子と反対方向へと顔を背けた。
 
 そんな輝樹と久美子を置いて、車は無言のまま去ってしまった。呼び止める間もない。学校の正面玄関の前で、輝樹は途方に暮れた。一体このままどうしろって言うんだ。
 
 その時、不意に背中を叩かれた。見知らぬ子供がじっと上目遣いに輝樹を見詰めていた。
 
 
「皆川輝樹くんと久美子さん?」
 
 
 子供らしかぬ大人びた声音だった。まだ小学生を卒業していないだろうその少年は、大きな瞳をぱちりと瞬かせて、一度会釈をした。
 
 
「はじめまして、ボクは柊みちるです。輝樹くんと久美子さんの案内を頼まれてます」
 
 
 事務的な口調で滑らかにそこまで喋り終わると、みちるは箱の中に入った久美子をじっと覗き込んだ。瞳孔がぐっと大きくなる。
 
 
「おとこの人がおんなのひとの生首を持ってるのは、なかなか珍しいですね」
「だから何だって言うのよクソガキ」
 
 
 久美子が悪態をつくのを聞いて、輝樹は慌てた。咄嗟に箱を上下に揺すると、箱のてっぺんに頭をぶつけた久美子がギッと輝樹を睨み付けてくる。
 
 
「乱暴に扱うんじゃねぇよ、クソ野郎! 次やったらテメェの頚動脈噛み千切ってやるからなヴォケが!」
 
 
 言葉を選らばない久美子の暴言に、ぐっとコメカミが引き攣れる。地面に叩き付けてやりたい衝動に駆られて、箱を抱える両腕が震えた。みちるが宥めるように、震える輝樹の腕をそっと撫でて言う。
 
 
「まぁまぁ、喧嘩しないで下さい。自分と喧嘩するなんて、滑稽以外の何物でもありませんよ」
「こんなのは俺じゃない」
 
 
 何度も繰り返した言葉を足掻くように言うと、みちるは呆れかえった表情で首を左右に振った。
 
 
「いいえ、久美子さんは輝樹くんです。そんな否定的な思いのままでは駄目ですよ。この学園では、貴方と生首との融合を目指しているわけですから。きちんと事実を受け容れて、自分の心を見詰めて下さい。そうでないと、一生卒業出来ませんよ」
「一生?」
 
 
 オウム返しに繰り返すと、みちるはニィと唇を引き裂くようにして笑った。意味深な、何処か人を小馬鹿にするような笑みだ。
 
 
「ここには、何十年も学校から卒業できない人もいます。輝樹くんはお若いですから、是非とも二十歳になる前にはここから出て行って欲しいですね」
「二十歳って、五年も掛かるのか!?」
「五年なら短いぐらいです」
「俺は今すぐ家に帰りたいんだ!」
「生首と融合すれば、今すぐにでも家に帰れますよ」
 
 
 みちるは素っ気なく言い放つ。咄嗟に、輝樹は久美子を睨み付けた。御前なんかが出てきたから、俺がこんな目に合っているんだと声高に罵ってやりたい。だけど、久美子は、輝樹に構うこともなく、みちるをじっと凝視している。そうして、一息に問い掛けた。
 
 
「アンタ、何者よ」
 
 
 久美子の問いに、みちるは首をカクリと傾げた。子供っぽい仕草だが、何故だか不気味さが拭えない。
 
 
「ボクは、貴方がたの先生ですよ。一年一組の担任です」
 
 
 その口調が至極当然のことを言っているかのような堂々としたものだったから、一瞬反応が遅れた。数度パチパチと瞬きを繰り返してから、輝樹は呆然と呟いた。
 
 
「先生って、俺より子供じゃないか?」
「失礼ですね。ボクは、輝樹くんよりもずっと先輩ですよ。ここでは、年齢なんてものは意味がありません。大事なのは、アイデンティティがしっかりと確立されているかどうかです」
「つまり、アンタは生首がないってわけ?」
「つまりは、そういうことです」
 
 
 みちるは口早にそう言い切ると、そのまますたすたと校舎へと向かって歩き出した。数歩歩いたところで、肩越しに振り返る。
 
 
「一緒に来て下さい。学校と寮を案内します」
 
 

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