胸の奥深くに仕舞込まれていた記憶がある。
小学四年生の頃の本田が熊のぬいぐるみを大事そうに抱き締めて、目の前に立っている。
『あっくん、ありがとぉ』
夏祭りの射的で当てて、要らなかったからあげただけのぬいぐるみに心底嬉しそうに微笑む。
小学一年生から四年生まで、本田とはずっと同じクラスだった。更に母親同士がPTA役員で交流があり、母親に伴って頻繁にお互いの家を行き来しているという理由もあって、鹿瀬と本田は仲が良かった。
本田は人見知りだったが、一度慣れると途端鹿瀬に懐いてきた。鹿瀬も、まるで同い年の弟が出来たようで嬉しかった。
鹿瀬と本田は親友だった。その関係は何年も何十年も続くとばかり思っていた。たった一つの出来事で、一瞬で断ち切れるものだなんて思いもしていなかった。
その日は日曜日で、いつも通り本田と二人で遊んでいた。コーラの缶を片手に、取り留めのないことをのらりくらりと話していた。
たぶん会話の内容は、本田の母親に対する愚痴だったように思う。本田の母親は近所でも有名な教育ママで、その頃の本田は五つも習い事をしていた。塾にピアノに書道に水泳にそろばん。鹿瀬と遊ぶ時間がなかなか作れないと、本田は落ち込んでいた。
それに本田の母親は手芸が好きなのか、本田の着るものからバッグまですべてが母親お手製だった。水色のシャツの裏側には、でかでかと名前や住所が刺繍で縫い付けられていて、そのダサさには子供ながらに閉口した。
新しいジュースを自動販売機から取り出そうと腰を屈めた時、ボスッと音が鳴って不意に視界が暗くなった。鼻先に油っぽいポテトの臭いがむわっと広がって、鹿瀬は酷く混乱した。今考えると、きっとジャンクフード店の紙袋を重ねたものを被せられたんだろうと判る。だが、その時はそこまで考えるだけの余裕などなかった。隣で本田の甲高い悲鳴が聞こえたと思ったら、身体がぐいっと持ち上げられた。そのまま、鹿瀬と本田は連れ去られた。
男達が大声で笑う。下卑た気色悪い笑い声だ。ビデオカメラのレンズがベッドの上で震える鹿瀬と本田へと向けられる。
『笑えよ。にーっこり、うれしそーに笑うんだよ』
顎を掴まれて、大きな掌で頬をひっぱたかれる。ぢんぢんと痛む頬を引きつらせて、無理矢理笑顔を浮かべる。鹿瀬の下では、本田がひっくひっくと啜り泣いている。
『きもちイーか?』
訊ねられた意味が解らず、鹿瀬は狼狽した。答えに窮していると、今度は頭部をぼかりと拳で殴られた。頭蓋骨の内側で跳ねる痛みに、鹿瀬は涙をじわりと滲ませた。
『脳味噌足りねぇガキだな。きもちイーかって聞いてんだよ。いいから、僕きもちイーですって言えよバカ』
『きもちい、…ですっ…』
恐怖で萎縮した咽喉が掠れた声を零す。声が小さいと言って、ぐいと背骨を踏みつけられる。途端、鹿瀬の身体の下敷きになっていた本田が甲高い悲鳴をあげた。
『い…だぁぃい……!』
本田のか細い足が空中を蹴り上げて、爪先が小刻みに痙攣する。鹿瀬の腰と本田の尻は繋がっていた。その時は、その行為が何なのか鹿瀬には解らなかった。今なら解る。鹿瀬と本田は、見知らぬ男達にセックスを強要されていた。
鹿瀬の小さな性器が突き立てられた本田の後孔からは、真っ赤な血が流れていた。背骨をぐいぐいと踏みつけられる度に結合が深くなって、本田の咽喉からは悲鳴が迸った。
『…ぃたい、よぅ…あっぐ、ん、いだいぃ…やめでぇ…おねがい、やめ、て……』
悲痛な訴えを聞いても、鹿瀬にはどうしようもなかった。後ろ手に縛られたまま、ただ本田の小さな身体の上に突っ伏すことしか出来なかった。
『あ~あ、処女穴貫通されちゃって、可愛い子ちゃん泣いてんじゃんかぁ。お前が気持ちよくしてやんないからだぞぉ』
小馬鹿にするように、剥き出しの尻を爪先で蹴られる。
男達の笑い声が聞こえて、鹿瀬は震え上がった。ただ、恐ろしかった。理由もなく与えられる一方的な虐げや暴力が怖くてたまらなかった。
『ほら、シコシコ腰動かしてきもちよぉくしてやれよ』
腰を掴まれて、無理矢理前後に動かされる。何度も抜き差しをさせられる度に、血の粘着く音に混じって、本田の掠れた悲鳴が聞こえる。だけど、鹿瀬には男達の言うとおりにすることしか考えられなかった。本田のことを思いやるだけの余裕なんてあるはずもなかった。
本田の胸に頬を押し当てたまま、無我夢中で腰を動かす。途中からは男達の手がなくても、自分から本田の体内を突いていた。気持ち良いという感覚ではなかった。ただ、熱に浮かされたように勝手に身体が動く。
『…たすげぇ…たずけて……あっ、ぐん……』
哀れな泣き声を聞きながら、鹿瀬は狭い体内に射精した。生まれて初めての射精だった。
幼い頃には、あの行為が何なのか解らなかったし、知りたくもなかった。セックスの快楽を味合うには鹿瀬は幼すぎて、それはただ禍々しくおぞましい行為にしか思えなかった。
あの後、鹿瀬と本田は神社で倒れていたところを警察に保護された。警察には何があったのかを聞かれたし、両親にはしこたま怒られたが、鹿瀬も本田も本当のことは何一つ口に出さなかった。鹿瀬はたどたどしく話を濁し、本田は青ざめたままずっと唇を噤んでいた。
あの事件から、本田は学校に来なくなった。その事に、鹿瀬はほっとした。本田と顔を合わすのが怖かった。あれだけ泣いて懇願した本田を裏切って、男達の言いなりになったことを責められるのではないかと思っていたのだ。
だが、それは杞憂に終わった。本田は一度も学校に来ることなく家族全員でどこかへ引っ越してしまったのだ。本田に何一つ伝えることなく。
それを機に、鹿瀬はすべてを忘れることにした。初めてのセックスのことも、男達の笑い声も、傷付けてしまったあの子のことも。
05 いたいこと
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