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桃井さんとヤクザ 1

 
 桃井さんは、いつも何か食べている。
 
 大抵は業務用パックのおかきをバリバリと噛み砕いているのだが、それが時々特大のうまい棒に変わったり、ポップコーンに変わったりする。この間、丸々一本のパウンドケーキを頭から齧っているのを見て、次の日、特大の太巻きをプレゼントしたのだが、それも頭からガブガブと齧り付いていた。お菓子に限らず、とりあえず食べれる物であれば何でもいいようだ。
 
 そんな桃井さんの仕事は何でも屋というやつだ。どうして何でも屋をやろうと思ったのかと問い掛けると、桃井さんは「どこの会社の面接も受かんなかったから、とりあえず出来ること片っ端からやってたら何かなってた」と沢庵を一本丸齧りにしながら適当に答えた。
 
 桃井さんの顔には、大きな傷がある。左顔面を、眉から顎まで縦断するような一本の傷だ。その傷は桃井さんの元から厳つい人相を、最大限まで悪役面にさせている。左目は、精巧な義眼だ。桃井さんに以前その傷について尋ねてみたことがあるけれども、桃井さんは「いろいろあんのさー」とサンドイッチをもしゃもしゃと食んで誤魔化した。
 
 
「人生いろいろあんよね。そんな歌誰か歌ってたじゃん」
 
 
 誰もそんなこと聞いてません。桃井さんはホットミルクをガブガブ飲みながら、そろそろホットって時期でもないよなあ、と鯉のぼりが描かれたカレンダーを見ながら独りごちた。
 
 そんなこんなで桃井さんは、僕にとって謎の人だ。僕はそんな彼の第二助手になって、そろそろ一ヶ月になる。僕がこの事務所の手伝いをするようになった理由はとりあえずはぶこう。大してドラマチックでもなければ、ロマンスの欠片もない経緯なのだから。そんな僕の主な仕事は、猫探しに犬探し、高齢者の家での電球替え、それから、第一助手である犬鍋太郎の世話である。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 犬鍋太郎が前足をシンクにかけて、鼻面をくんくんと水色の瓶に近づけている。短い鼻を前後に撫でてやりながら、僕は神棚から下ろした徳利に水色の瓶に入っていた日本酒を注いでいく。犬鍋太郎は黒目がちな瞳で、淡く芳香を放つ透明な液体を見つめている。その様子がどうにも場違いに真剣に見えて、自然と頬が綻んだ。
 
 犬鍋太郎は、桃井さんが昔から飼っている雑種犬だ。名前が可笑しなことになっているのは、昔桃井さんが腹が減っていたときに食用に拾ったためだという噂がある。「赤犬は美味いってホームレスのおっちゃんから聞いたから」という桃井さんの言葉が本当かどうかは解らない。しかし、少なくとも僕を差し置いて第一助手の座についている以上、現在は食用としての危機は免れたらしい。
 
 
「ナベ、飲みたいの? 日本酒だよ、酔っぱらっちゃうよー」
 
 
 戯れるように笑い声混じりに言うと、鍋いっぱいのカレーを頬張っていた桃井さんがのんびりとした声をあげた。
 
 
「そいつ、酒豪」
 
 
 ちょっと言葉を失った。何言ってるんだこの人と思うが、スプーンを銜えたままの桃井さんが無言で近付いてきて、犬の餌皿に残った日本酒をばしゃばしゃと注いで床に下ろした時には本格的に言葉を失った。口をぽかんと開いたまま、桃井さんを凝視する。
 
 
「何やってんですか」
「だから、ナベは酒豪だって」
「馬鹿言わないで下さい。犬に酒なんて……」
 
 
 言いかけた言葉が咽喉の奥に吸い込まれる。きちんとお座りをして、犬鍋太郎が透明な液体の注がれた皿をぺちゃぺちゃと舐めていた。その光景に呆然としていると、口をもごもごと動かしながら桃井さんが「ね?」とこともなげに言う。
 
 
「何で飲むんですか」
「そういうことは俺じゃなくて、本人に聞いてよ」
 
 
 俺知らねーし、なんて投げ遣りな事を言いながら、桃井さんが仕事机に戻って行く。もう残り少なくなったカレー鍋を見つめると、少し寂しげにスプーンの先を銜える。その姿が厳つい顔に似合わず、何とも子供っぽく見えて、僕は少しだけ溜息をついた。
 
 
「白川くん、アイスは?」
「もうありません。昨日の夜、桃井さんがパックごと食べちゃったじゃないですか」
「冷蔵庫の中は?」
「卵が三個に、鮭フレークとゴマが少々です」
 
 
 そっかー、と桃井さんは呟いて、机の引き出しをごそごそと漁った。中から出てきたのは、五円チョコが三枚と、うまい棒が二本、それから食べかけの板チョコが半分。まるで小学生の机のようだと思う。バーベキュー味のうまい棒を齧りながら、ポケットの中に残りのお菓子を詰め込んで、桃井さんが立ち上がる。
 
 
「じゃあ、鮭フレークとゴマをぶっこんだスクランブルエッグを食べて、それから買い出しに行くか」
 
 
 桃井さんはそう言って、事務所の一角に祭り上げている神棚へと五円チョコを無造作に放り投げた。両手をパンパンと二度合わせると、祈りを捧げるように一度頭を下げて、真剣さの欠片も感じられない声で呟く。
 
 
「ケンちゃん、お守りくださいー」
 
 
 ケンちゃんと軽々しく呼ばれる神様が守ってくれるとは到底思えなかった。
 
 

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Published in その他

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