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桃井さんとヤクザ 6

 
 楓子の話から、皇龍組で跡目争いをしているのは、楓子の兄である菱沼昭夫と、皇龍組若頭の小倉彰ということ解った。組長が逝去間近な今、跡目を実子に継がせるか、それとも長年組を支えてきた小倉に継がせるかで、組が真っ二つに別れたらしい。
 
 昭夫は三十前半と皇龍組の跡を継ぐには若い上、後先考えない直情的な性格も災いして、古参の幹部からは受けが良くない。だが、そういった直情的なところが兄貴分としての強さとして映るのか、若い組員からは大層慕われている。それに対して、小倉は幹部達とは固い絆で結ばれているが、元来の実直さが若者には口五月蝿いと映るのか、若い組員からの支持は得られていない。
 
 つまり皇龍組は、現在両極端な勢力との板挟みになっていて圧死する寸前というわけだ。
 
 
「だけど、幾ら反対勢力だからって、組長の娘をトランク詰めっていうのは遣り過ぎじゃないですか? 小倉だって立場を悪くするだけだと思うんですが」
 
 
 僕の疑問に、楓子は力なく首を振った。
 
 
「あたしが付いてるのは、兄貴じゃなくて小倉の方なの」
 
 
 思いがけない言葉に、僕と桃井さんは思わず顔を見合わせた。とどのつまり、楓子は若頭である小倉と歳の離れた恋人同士らしい。楓子は、内争になりそうな状況の時、どちらに付くことも出来ずおろおろしていたところを、実の兄から「御前は小倉につくつもりだろう! この裏切り者!」と指差され、あれよあれよという間にトランクに詰め込まれたとのことだった。
 
 
「兄貴は人の話を聞かないところがあるから」
 
 
 そう言って、楓子は掌を頬に当てて溜息を吐いた。はっきり言って、人の話を聞かないにも程があると思う。実の妹をトランクに詰め込んだまま、シャブ中の組員に渡すなんて、飢え死にしても可笑しくない。だからこそ、わざわざ二百万の金を使ってまで、別の人間に楓子を預からせようとしたのかもしれないが。それを思えば、妹に対して昭夫は非道になりきれてはいないのかもしれない。
 
 
「デコちゃんを預かる期間は一週間。ってことは、昭夫は一週間で小倉とケリをつけるつもりだろうね。どっちが潰れるにしても、皇龍組にしてみりゃ痛手だなぁ。下手したら吾妻組にそのまま呑み込まれるんじゃない?」
 
 
 ソファにのったりと背を沈めて、桃井さんが言う。その右腕にはバナナが房ごと抱かれている。吾妻組という名前に、楓子の身体が大きく跳ねた。
 
 暴力団に疎い僕でも、吾妻組ぐらいは知っている。関東全域を治める広域暴力団体、関東にある殆どの組は吾妻組の傘下にあるといっても過言じゃないだろう。他の組を潰すときのえげつなさも有名だ。とある組は、組員ごと本宅を燃やされた上、愛人までトレーラーでひき肉のように潰されていた。また、他の組では、泣きじゃくる組員達に自分達の組長の生皮を剥がせるという地獄を味あわせた。やることなすこと、とにかく人間の精神を一本一本引き千切っていくような執拗さと残虐さがある。そういえば、噂の中でもより笑えないものがあった。吾妻組の組長がまだ小学生の男の子を愛人にしたというものだ。野球大会の帰りの小学生を攫って、そのまま陵辱と暴力で従わせて自分のものにしてしまったという話を聞いた時には、流石に頬が引き攣った。まぁ、所詮は噂でしかないけれども。
 
 そして、かくいう皇龍組も吾妻組の傘下の一つだ。今回の内部抗争が大々的になれば、弱体化した皇龍組を吾妻組が呑み込もうと動きだす可能性もある。そうなれば、皇龍組は消滅したも同然だ。
 
 膝頭を握り締めた楓子の細い指先が震えている。それを見ると、桃井さんはバナナを頬張ったまま、何とも言えない寂しげな表情を浮かべた。
 
 
「それで、デコちゃんはどうしたいの?」
「抗争を止めさせたいの。だって馬鹿げてるわ」
「でも、どっちかが組長にならなきゃ収まりは付かねぇよ。仲良くしましょおって言って、すぐにニコニコ握手出来るような仲なら、初めっから妹をトランクに詰めるようなことにはなりゃしない」
「解ってるわよ。だけど、このままじゃただの食い潰し合いじゃない!」
 
 
 激昂したように楓子が怒鳴る。空気をビリビリと揺らすような怒りの波動に、桃井さんは少しだけ目を瞬かせた。
 
 
「あたしは下らないことを言ってるかもしれないけど、間違ったことは言ってないわ! 絶対に! あたしは悲劇のヒロインみたいに、二人ともお願いだからやめて! なんて叫ぶつもりはないの。あの馬鹿二人に、手前らやめやがれ! 男の矜持やら建前なんざくっだらねぇ! さっさとやめねぇと共倒れだヴォケが! って言ってやんのよ!」
 
 
 楓子は力強く拳で机を叩いた。ドンと鈍い音が響き渡る。まるで心臓まで揺さぶるような音だと思った。それは怒りの波動というよりも、揺るぎない決意の表明のように思えた。そうして、不意に隣から笑い声が響き渡った。桃井さんが子供のように足をバタバタと揺らして笑っている。
 
 
「いいね、いい! 俺、そういうのすきだなー! 具体性が一つもない、まさに正面突破! 漢だねー!」
 
 
 全面的に褒めちぎった言葉を叫んで、桃井さんはぐっと机に身を乗り出した。
 
 
「デコちゃんのそういうとこ素敵だって思う」
「…助けて、くれるの?」
「助けるんじゃなくて、お手伝いだよ。手伝う理由は、デコちゃんが啖呵切ってるとこ見たいから、じゃ駄目?」
 
 
 何ともいい加減な理由だと思った。何のメリットもないじゃないか。溜息を吐く僕の横で、桃井さんは房からバナナを一房千切ると、楓子へとぐいと差し出した。
 
 
「まずはおにーちゃんと恋人さんに会いに行こうか」
 
 
 向こう見ずすぎていっそ潔い言葉だった。楓子は暫くぽかんと口を半開きにしていたけれども、桃井さんの揺るぎない様子を見ると、差し出されたバナナをがっしと力強く掴んだ。すごいな、バナナ握手なんて生まれて始めて見たよ。
 
 
「冷凍バナナであいつらのバナナを叩き折るわよ!」
 
 
 意味がわからない。確かものすごく深刻な話をしていたように思うのだけれども、今の状況を見ると、その理由が何だったのかすら思い出せない。バナナを持ったままスキップしだしそうな二人を眺めながら、僕は、じっとこちらを見上げる犬鍋太郎の鼻をそっと撫でた。犬の方が人間よりもまともだ。
 
 

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