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03 目黒一等兵

 
 武器庫の前まで来たとき、不意に南軍曹が足を止めた。先ほど遠目から見た眼鏡の男が、天幕の前に座り込んで、銃身が異様に長い銃の手入れをしていた。長剣銃の三割増しに銃身が長く作られたその銃の上部には、小さな標準装置らしきものが取り付けられている。南軍曹は、男が手に持つ銃を凝視してから、男自身へと和んだ視線を向けた。
 
 
「また、その銃の手入れをしているの?」
「はぁ、まぁ、そうです」
 
 
 眼鏡を掛けた男は、眩しいものでも見ているかのように目を細めて答えた。実際、太陽が逆光になっていたのかもしれない。宝物でも抱き締めるかのように、男は銃を大事そうに抱えて、油を染み込ませた布でその黒い銃身を拭っている。
 
 南軍曹が葛之宮を振り返る。
 
 
「目黒一等兵です。武器庫の管理をさせています」
 
 
 目黒一等兵と紹介された男は、立ち上がらないままに曖昧な仕草で礼をした。南軍曹が葛之宮の紹介をしている時も、目黒は上の空な様子で宙をぼんやりと見上げている。その間も、手だけは忙しなく銃身を磨き続けているのが何だと奇妙に思えた。
 
 
「彼が持っている銃は? 見た事のない形ですが」
「あれは麒麟です」
「麒麟?」
「はい、俗称ですが、あの長い銃身から兵達は麒麟と呼んでいます。つい先月、試作品が完成したんです。何でも、一キロ離れた場所からでも猫の額を撃ち抜けるほどの精度と射程距離を持っているんだそうで、遠距離射撃用にと軍が試しに二十丁ほど仕入れたんですが、何せ使いこなせる者がいなくて、今はお箱入りになっているんです」
 
 
 南軍曹が説明した瞬間、壊れた人形のように身体を左右に揺らしていた目黒が、目覚めたように唐突に呟いた。
 
 
「麒麟は良い銃です。今に僕らの戦況を有利に進める道具になります」
 
 
 南軍曹は一度面食らったように瞬いたが、直ぐに笑顔を浮かべて「そうだな」と返した。丸っきり子供を宥める母親だ。確かそういった母性的な感覚は、金田中尉と話している時にも感じた覚えがある。南軍曹は、ある意味この隊の母親的存在なのかもしれないと葛之宮は想像した。
 
 それきり銃の手入れに没頭し始めた目黒を置いて、南軍曹は足を進めた。
 
 
「目黒は反物屋の次男坊なんです。厳格な家で育てられたせいか、少し頑ななところはありますが、武器に関してはあいつほど習熟した兵はいません。もし何か武器に関する疑問があれば、目黒に聞けば良い返事を返してくれるかと思います」
「彼は随分と麒麟に入れ込んでいるようですが」
「麒麟は確かに重要な武器です。あれを使いこなせるようになれば、確かに戦況は好転するでしょう。ただ、武器は所詮武器です。使える人間がいなくては意味がない。葛之宮少尉、麒麟の命中率を知っていますか?」
「いいえ」
「三パーセントです。たった三パーセントに兵を裂く方がよっぽど不利益です。出刃包丁片手に特攻させた方がマシだ」
 らしかぬ粗雑な口調で、南軍曹は吐き捨てた。しかし、その顔はいつも通りの笑顔を浮かべたままで、そのギャップに葛之宮は微かな異質さを覚えた。葛之宮の眼差しに気付いたのか、南軍曹は一度誤魔化すように首を左右に振った。
「僕は麒麟を否定しているわけではないんです。ただ、もどかしいんです。使える者がいない武器ほど可哀想なものはありませんから」
「目黒一等兵は、使えないんですか?」
「彼は近視なんです。麒麟どころか短銃させ使えません」
 
 
 そうか、とだけ葛之宮は返した。彼の銃に対する熱意を思うと、微かな切なさを覚えた。世の中は上手くいかないものだ。
 
 

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Published in 地平の戦争

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