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06 苗代兄弟

 
 数分後、三名の男と一緒に南軍曹が戻ってきた。三人の男の内一人は、石川曹長だ。
 
 金田中尉と葛之宮の間に流れる不穏な空気を感じ取ってか、南軍曹がちらりと葛之宮へと視線を向けた。その労わるような窺うような眼差しに、葛之宮は強張った笑みを返した。金田中尉に、徹底的に言葉で叩きのめされたなんて言えるわけがない。
 
 
「何か御用ですか、中尉」
 
 
 不機嫌さを隠しもしない面で、石川曹長が声を上げる。訓練が終わった直後だったのか、軍服の上着を脱いでタンクトップの姿になっている。浅黒い肌の上を、玉のような汗が流れていた。
 
 石川曹長の隣には、髪型から鼻の高さまでそっくり同じ顔をした二人の少年が立っていた。この二人が先ほど言っていた苗代という双子だろうか。百七十センチにも達していないだろう小柄な体躯に、田舎者じみた朴実とした童顔をしている。しかし、その二人がにやにやと浮かべている笑みは、人を小馬鹿するような嫌らしさがあった。
 
 二人の両腰のベルトには、湾曲した短剣が一本ずつさされている。軍服の上着の裾がやや短く切り落とされているのも相まって、まるで子供の海賊ごっこのようだ、と葛之宮は思った。
 
 
「せんぱい、おれらになんの用ですか?」
「おれらもそんなヒマじゃないんですよ、せんぱい」
 
 
 苗代兄弟は、馴れ馴れしい口調で金田中尉を先輩と呼んだ。にやついた笑みに幼気な口調がそぐわず、苗代兄弟の印象をより一層薄気味悪くさせた。一瞬、金田中尉の顔が苦々しげに歪む。頬に掌を押し当てて、じろりと三人の顔を見渡す。
 
 
「白々しい真似は止めろ。御前ら、解って言ってるんだろう?」
 
 
 苗代兄弟が顔を見合わせて、口元を引き裂くようにニヤーと笑う。石川曹長は直立不動のまま、瞬き一つしない。数秒後、身を乗り出すようにして苗代兄弟が喧しく喋り始めた。
 
 
「ふざけんな、ぜんいんジゴクにおちろ、でしたっけ? もうすげぇウワサになってましたよ。せんぱいはいっつもカッコイイこと言うよなぁ。おれら、もうコウフンしまくり」
「あほな兵どもが、おれはのこりたくなんかない、しにたくねぇよ、とかほざいてたから、ひとりのこらずシメておきましたんでアンシンしてくださいよ、せんぱい。イキノコリ0のジゴク戦でしょう? もちろんおれら犬狼隊はのこりますからね!」
 
 
 目をキラキラと輝かせた苗代兄弟が意気揚々と言う。
 
 葛之宮は、苗代兄弟が口に出した『犬狼隊』という言葉に、一瞬目を見張った。犬狼隊という名称は聞いたことがある。犬狼隊は、良く言えば傭兵部隊もどき、悪く言えば盗賊崩れの隊だ。元々は東北地方で、盗賊団として近隣の村や基地を荒らし回っていたが、確か数年前に東国軍に投降し、処刑を免れる代わりに軍の一部として取り込まれたと聞いた。
 
 犬狼隊は、好戦的かつ命知らずな者が集まるため、近接戦闘においては莫大な戦闘力を誇る。そのため、武器も長剣銃などは持たず、短銃と短剣を片手に戦場を駆け回る、軍の中でも異質な隊の一つだ。その隊の一員が目の前の苗代兄弟だと思うと、葛之宮は驚きを隠せなかった。
 
 
「残るなら、それでいい。それと、御前等がシメた奴らはちゃんと生きてるんだろうな」
 
 
 苗代兄弟が再び顔を見合わせて、それから悪餓鬼のようにヒヒッと笑い声を上げた。その陰湿な笑みに、葛之宮の皮膚が逆立つ。
 
 
「モチロンです! ふくろかぶせてジメンにうめておきましたんで、あと三十ぷんぐらいは生きてるはずです」
「うんがわるけりゃ、あと二十ぷんですかね」
「馬鹿が、いい加減人間を生き埋めにする癖を直せ。掘り起こして来い、今すぐ」
「しにたくないとかいうコシヌケがいきてたって、何のやくにもたたないですよ、せんぱい」
「そうですよ、こやしにするのがイチバンじゃないですか」
「いいから掘り出せ。一人でも死んでたら、手前ら二人ともぶっ殺すからな」
 
 
 固く握り締めた拳で、金田中尉が机を叩く。ドンと響いた鈍い音に、苗代兄弟が、こわいこわい、と空っ惚けた声をあげて、天幕内から出て行く。その背を睨み付けてから、金田中尉は石川曹長へと視線を移した。
 
 
「君はどうだ石川曹長」
「残らないと言っても、貴方は残れと言うでしょう」
 
 
 諦めたというよりも決然とした口調だと思った。片目を苛立たしげに細めて、石川曹長が金田中尉を睨み付ける。金田中尉の口角が薄っすらと上がった。
 
 
「何か言いたいことがありそうだな、曹長」
「それを全部言おうと思ったら、三日間は掛かります。だから、今は言いません」
「その判断は正しい。ただ、次に言う機会があるかが問題だ」
「なければないで、いっそ貴方の顔を見る必要がなくなってスッキリします」
 
 
 噛み付き合うような二人の応酬に南軍曹が困ったように肩を揺らした時、不意に外から声が聞こえてきた。出て行ったはずの苗代兄弟が天幕の隙間からにゅっと顔を覗かせて、葛之宮を見ている。その背後には、兵が一人おどおどしたように立っていた。
 
 
「きみ、くずのみやクン? ばかであほでまぬけなソメカワ大尉がきみのことよんでるらしいよ」
「ちげえよ、ばかであほでまぬけでクソドジなソメカワ大尉さまさまだよ」
「ああ、そうか」
「「ばかであほでまぬけでクソドジなソメカワ大尉さまさまがサクセンホンブにておまちです」」
 
 
 二人声を合わせて言う姿は、子供っぽい無邪気さを感じさせる。だが、その無邪気さは悪意と紙一重だ。葛之宮は、一度金田中尉へと視線を向けた。しかし、金田中尉が葛之宮に注意を払う気配はない。石川曹長と向かい合ったまま、葛之宮の存在を完全なまでに無視している。微かに痛む心臓を感じながら、葛之宮は一礼だけ残して、その場を去った。
 
 

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Published in 地平の戦争

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