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07 人間と牛

 
 作戦本部の天幕へと向かって歩く葛之宮の左右を、苗代兄弟が並んで歩く。じろじろと無遠慮な視線を向けては、ふぅん、へぇー、と意味深げな声を時々上げたりする。二人の手にはシャベルが握られており、先ほど言っていた『生き埋め』という言葉が単なる冗談ではなかったのだと思い知らされる。居心地の悪い視線に晒されながら、葛之宮は、左側を歩く苗代兄弟の片割れへと、ちらりと視線を落とした。すぐさま、にやっと笑い返される。
 
 
「はじめまして、くずのみやクン。おれは犬狼隊のたいちょうやってる、なえしろかずらです。それから、こいつがオトウトの―――」
「なえしろうずらです」
 
 
 右側に立っている片割れが負けじと声を上げる。隊長、という単語に、葛之宮は一瞬自分の耳を疑った。
 
 
「君が隊長?」
「そう、おれがたいちょうです」
「そんで、おれが副たいちょう」
 
 
 うずらが嬉しそうに自分を指差す。
 
 
「君達は一体何歳なんだ?」
「十八さいです」
 
 
 かずらが答える。口に出された年齢よりも、苗代兄弟はずっと幼く見えた。微かに眉根を寄せて、葛之宮は口を噤んだ。
 
 話してみると、双子でもそれなりの違いはあるようだった。主に会話を進めるのは兄のかずらで、弟のうずらはそれに追従するように話す。階級からいっても、主導権は兄であるかずらが握っていると見ても良さそうだ。
 
 
「私は、少尉の葛之宮文紀です。あの、私に何か?」
「べつに用っていう用はないんですけど、せんぱいが、くずのみやクンにテキイむきだしで、なんかおもしろそうだったんで」
「せんぱいのくうきがピリピリしてると、おれらにはわかる」
 
 
 自慢げにうずらが胸を張る。金田中尉の機嫌を察知出来る事が誇りとでも言わんばかりだった。その様子に小さく笑いながら、葛之宮は諦め半分で呟いた。
 
 
「確かに、私は金田中尉に好ましく思われてないです」
「しかたないよ、くずのみやクン。せんぱいは、スキキライがすごくはげしい。というか、せんぱいにはスキがない。やくにたつか、やくにたたないか、やくにたたなさすぎてブチ殺すか、どれかしかない」
「随分と極端だな」
「そう、せんぱいは、すごくキョクタン。だから、つよい。だから、こわい」
「君達は怖がっているようには見えなかったよ」
「せんぱいは、びびるオトコはきらいだ。だから、おれらはせんぱいの前ではつよがる。つよいオトコとしてふるまう。おれらは、何年もせんぱいとイッショにいたから、せんぱいに見下されるのはガマンできない」
 
 
 かずらとうずらの眉根が切な気にぎゅうと寄る。シャベルを握り締める指先に、微かに力が込められていた。
 
 
「君達は、金田中尉と昔からの知り合いなのか?」
「せんぱいは、もともとはおれらの、リーダーだった」
「犬狼隊の?」
「ちがう、我羅夜のリーダー」
 
 
 かずらの口から出て来た言葉に、葛之宮は咄嗟に歩みを止めた。少し歩いた先で立ち止まった双子が訝し気に葛之宮を見つめている。
 
 我羅夜は、犬狼隊のもととなった盗賊団の名前だ。そのリーダーということは、金田中尉はもともとは盗賊という事になる。
 
 
「金田中尉は、盗賊だったのか?」
「そう。せんぱいは、いいリーダーだった。おれらの、いのちのおんじん」
 
 
 鼻頭を手首の付け根で擦りながら、うずらが得意げに言う。
 
 
「命の恩人?」
「おれら、もともとはちっさい村でうしをそだててた。うしがでかくなったら、交配させてから、ころして肉をうる。八さいのときに、我羅夜がむらをおそって、とうちゃんと、かあちゃんと、ばあちゃんと、うしをいっぱいころした。おれらはくらい納屋のなかにかくれてたけど、けっきょくみつかった。双子だったから、おもしろがってふたりのオトコがおれらをゴウカンしようとした。そしたら、うしろから来たせんぱいがオトコ共のアタマをふっとばした」
「ばぁん!」
 
 
 弾むような声でうずらが銃声を真似する。かずらは握り締めたスコップを地面に突き立てて、それに寄り掛かるようにして立ったまま、にやにやと笑っている。
 
 
「おれらは、せんぱいもおれらをゴウカンするつもりだと思って、肉切り包丁をわしづかんだ。だけど、せんぱいはおれらをゴウカンしなかった。ころしもしなかった。ふたりのオトコの脳みそがこびりついた服をはらって、おれらに、うしをころすのはすきか、ってきいた」
「おれらは、うしをころすのがきらいだった。だって、おれらがまいにち草をやって、だいじに育てたうしだから、ころすのは、とてもかわいそうだし、かなしい」
「そしたら、せんぱいは、こいつらをころすのはすきか、ってあしもとに転がるふたりのオトコをけっとばして、おれらにきいた」
「おれらは、すきだ、ってこたえた。おれらをゴウカンしようとしたし、それいじょうに、おれらが育ててないものだから、おれらはころしても何ともおもわない。家畜とにんげんだったら、おれらはにんげんをころす方がずっとカンタンだ」
「そうしたら、せんぱいは、おまえらはアタマがおかしい、って笑った。せんぱいはおれらをナカマにいれて、身のアンゼンをやくそくしてくれた」
「だから、せんぱいは、おれらのいのちのおんじん」
 
 
 思い出に浸る苗代兄弟の恍惚とした表情に、葛之宮は寒気を覚えた。頭が可笑しい、金田中尉の言うとおりだ。何処の誰が人間と家畜の命を比べて、人間の命を奪う方を選ぶのだろうか。頭のネジが何処かズレている。世間一般の倫理観が苗代兄弟には欠如していた。しかし、戦場で一体誰がそれを責められるのだろう。葛之宮は、薄く吐息を吐き出した。
 
 
「君達は戦場が嫌にならないのか?」
「ぜんぜん。せんぱいがいるからね、なんもイヤじゃない」
 
 
 こともなげに吐き出されたかずらの言葉に、うずらもその横で、うんうん、と深く頷いている。
 
 
「君達は金田中尉を尊敬してるんだね」
「「そんけい?」」
 
 
 不意に苗代兄弟の声が裏返る。きょとんとした目でお互いに目配せしあって、それから唐突に腹を抱えて笑い声をあげた。うずらなんかは、笑いすぎるあまりに地面を転げ回っているほどだ。
 
 
「かんしゃはしてる。だけど、そんけいはしてない」
「じゃあ、何なんですか?」
 
 
 おれらはね、と前置きをして、かずらとうずらが葛之宮へと近付いてくる。爪先立ちして、葛之宮の左右の耳元へとそれぞれ唇を寄せると、こう囁いた。
 
 
「「おれらは、せんぱいをゴウカンしなくちゃなんない」」
 
 
 咄嗟に聞き返すことも出来なかった。見開いた目で、左右の苗代兄弟を交互に見遣る。苗代兄弟は、へらへらと締まりのない笑みを浮かべたままだ。
 
 
「何を言ってるんだ」
「おれらはせんぱいをゴウカンすんだ。おれら、犬狼隊のたいちょうやってるけど、まだ我羅夜のリーダーはせんぱいのままなんだ。おれらは、せんぱいをリーダーからひきずり降ろさなくちゃいけない」
「それがどうやったら強姦に繋がるんだ?」
「我羅夜のリーダーは、前任者をころして入れかわる。せんぱいもそうだった。おれらも、そうでなくちゃいけない。でも、せんぱいは、おれらのいのちのおんじんだから、ころせない」
「だから、かわりにゴウカンして、おれらのオンナにする。そしたら、おれらがリーダーになれる」
 
 
 葛之宮は言葉を失った。暫く苗代兄弟の言った言葉の意味を、頭の中で咀嚼する。リーダーの座を奪い取るために金田中尉を強姦して女にするという。明らかに荒唐無稽な話だと思った。
 
 
「我羅夜はもう解体されたはずだ。リーダなんて今更関係ないだろう」
「我羅夜は犬狼隊になまえをかえただけ。それと、いままで人ころしてうばってたカネが、人ころしてお国からもらうカネにかわっただけ。なかみは何もかわってない」
「おれらは、まえとおなじことしてる。人ころす、うばう、足りなくなったら、またころす。そのくりかえし」
「それに、おれらは、たぶんせんぱいをゴウカン“したい”」
「そうだ、したい」
 
 
 不意に、苗代兄弟の目が薄暗い欲望に濁るのが見えた。獲物が弱るのを待つ禿鷹のように、その瞳は狡猾な色に輝いていた。
 
 その仄暗い眼差しに、葛之宮は自分が暗闇へと引き摺り込まれるような感覚に襲われた。苗代兄弟の目を通して、金田中尉の黄味の強い肌が見えるようだった。あの石の目は、犯されたとき、どんな色に染まるのだろうか。
 
 
「せんぱいほど、支配欲をそそるやつ、いない。そうおもわない、くずのみやクン」
 
 
 かずらが舌舐めずりをして、葛之宮に笑いかける。同意を求める台詞に、葛之宮は言葉につまった。そんな訳がない、とは言い切れなかった。瞼の裏で、あの石の目がちらちらと浮かんでは消えて行く。金田中尉から向けられた軽蔑の眼差し、それを組み敷いて捩じ伏せてやりたいという凶暴な欲望が腹の底から湧き上がっては、理性や倫理観に抑圧される。上官を性的な眼差しで見ることなど、葛之宮には今までなかった。むしろ性の対象として見ようと思ったこともなかった。それ故か、苗代兄弟が語る言葉から、禁忌を侵す甘美さを感じずにはいられなかった。
 
 黙ったままの葛之宮を眺めて、うずらがヒッヒッと気味の悪い笑い声をあげた。かずらがシャベルを肩に担いで、首を真横にギィと傾ける。
 
 
「おれらに、きょうりょくしてよ、くずのみやクン」
「そのときは、まぜてあげてもいい」
 
 
 大人びた口調で苗代兄弟が言う。その口調に、微かに目が覚めた。葛之宮は、頬に薄らと笑みを浮かべて、首を左右に振った。
 
 
「私は、いいよ」
「どうして」
「なんで」
 
 
 苗代兄弟の声が被る。然程残念そうな響きをしていないのは、大して期待もしていなかったからだろう。
 
 
「やってるときは楽しいだろうね。だけど、きっと終われば虚しくなる」
「じんせいに、むなしさはつきものだよ、くずのみやクン」
「僕は、これ以上自分に失望したくないんだ」
 
 
 気付けば、自分のことを『僕』と言っていた。掌で唇を覆ったが、苗代兄弟が気に留めた様子はない。ただ、お互い理解不能とでも言いたげに難しく顔を見合わせている。そうして、ぱちりと瞬き一つすると、真面目な顔で葛之宮へと向き直った。
 
 
「しつぼう、というのは、にんげんとくゆうのカナシミだ」
「カナシミというのは、イキモノさいだいの問題提起だ。おれらは、カナシミを尊重する」
 
 
 奇妙な言葉を残して、苗代兄弟は片手を軽く掲げて去って行った。その思ったよりも小さな背中を見つめながら、葛之宮は、まだ彼らが埋めた兵達は生きているだろうか、と考えた。そういえば、目が再び乾き始めている。ポケットから眼薬を取り出しながら、葛之宮は『とっくに失望してるよ』という言葉を、喉の奥で噛み締めた。
 
 

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Published in 地平の戦争

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