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10 雄 *R-18

 
 黄半島駐屯地に戻った時には、既に辺りは闇に呑まれていた。駐屯地の裏手は、深い森になっている。静閑な闇に、木々のざわめきがやけに大きく耳につく。海が近いため、潮風がよく吹き付けるせいかもしれない。そもそも、黄半島は鉤型の入り江が左右の崖で囲まれているという、酷く風を通しやすい立地で出来ている。顔に吹き付ける生温い潮風に、眼球が乾くのを感じて、葛之宮はそっと目蓋を擦った。
 
 駐屯地の周囲には、スズメが言っていたように高さ三メートル程度の藁で包まれた柵が出来上がっていた。暫く柵の周りをうろついて入口を探す。いずれ閉じる予定なのか、柵の端の辺りに幅一メートル程度の隙間が空いており、近くの木に馬を繋ぎ止めて、駐屯地へと入った。
 
 柵の内側は静寂としていた。火が灯っておらず、また見張りの者すら立っていない。時折天幕の中を覗き込むが、人一人見付けることは出来なかった。まるでこの数時間で、生き物という生き物が消えてしまったかのようだ。深い闇に浸された空間を歩きながら、葛之宮は這い上がる寒気を堪えた。まさか、この数時間で敵襲にでもあったのか。しかし、それならばこれ程までに駐屯地に争いの痕がないのは可笑しい。ならば、命令を破って全員で逃げ出したのか。どちらにしても、恐ろしい想像だった。金田中尉の在住天幕を目指して歩きながら、込み上げて来る不安を押し殺す。
 
 そうして、金田中尉の天幕へと辿り着いた瞬間、思わず安堵の息が漏れた。目を凝らしてでなくては見えないが、天幕からは、確かに明かりが薄らと浮かび上がっていたからだ。微かに人が動く気配も感じられる。葛之宮は、天幕に近寄った。そうして、聞こえて来る物音に、直ぐさま足を止めた。正確には、足が一歩も動かなくなった。
 
 荒い呼吸音、押し殺された呻き声、何かが軋む音、粘付いた水音、肉と肉がこすれ合う生々しい響き、
 
 予期せぬ事態に、脳に血が上る。口元を押さえたまま、葛之宮はその場から動けなくなった。薄らと照らされた天幕の内部が下ろされた幕の隙間から見える。寝台の上で絡み合う肢体があった。汗に濡れた四肢がほどけては、再び絡まって、深い結合を生む。身体の輪郭や肉付きから、その二人が両方とも男なのが解る。兵士達が性欲処理のために、男同士で性交をする事があるというのは知っていた。しかし、それが目の前で、しかも金田中尉の天幕で行われているというのが葛之宮には驚きだった。
 
 俯せになっている男は、顔を寝台に押し付けているせいで誰だか解らない。しかし、その男にのし掛かっている人間には見覚えがある。南軍曹だ。南軍曹が額に貼り付いた前髪を掻き上げ、男の腰骨を両手で掴んで、荒っぽく腰を突き上げる。
 
 
「ぐッ! ヴぅ゛ー…んぅ…」
 
 
 組み敷かれた男の咽喉から、唸り声にも似た喘ぎが漏れた。南軍曹がぐるりと掻き回すように腰を動かすと、ぐちゃり、と結合部から淫猥な音が響く。顎先から汗が男の背にぽたぽたと落ちて、肩甲骨の間のくぼみに小さな泉を作る。南軍曹は、その溜まった汗ごと男の背筋を舐め上げて、うっそりと微笑んだ。その獰猛な笑みからは、昼間感じることのなかった南軍曹の『雄』を感じさせた。男が背骨をぶるぶると震わせて、安っぽい綿の敷布を握り締める。南軍曹は頑なに敷布を握る指先を半ば無理矢理解いて口元に運ぶと、その人差し指を旨そうにしゃぶった。まるで骨付き肉でも食っているかのようだ。男が敷布に顔を押し付けたまま悲痛な声をあげる。
 
 
「ゃ、めろ……!」
 
 
 まるで泣き声のようにも聞こえた。指先をしゃぶっていた南軍曹が少し困ったように肩を揺らして、唾液を滴らせる人差し指に軽く口づけを落とす。人差し指だけでなく、手の甲にも、手首にも、肘にも、肩にも。そうして、男の耳元に唇を寄せて何かを囁く。男が途端肩をビクリと震わせた。
 
 
「……言う…なっ!」
 拒絶にも似た男の言葉に、南軍曹の顔が一瞬悲しげに歪む。男の濡れた頬を数度撫でて、その身体を背後から抱き締める。まるで壊れやすいものでも抱いているかのように、その抱擁は優しかった。背骨を口に含んで、肩甲骨を柔らかく甘噛みする。汗ばんだ男の背が面白い程に跳ねて、淡い啜り泣きが聞こえてきた。ぐちゃぐちゃという淫らな音に合わせて、南軍曹の腰が動く。引き抜いては突き刺す、その度に引き攣れた喘ぎ声が男の咽喉から迸る。
 
 天幕の中に満ちる切迫した呼吸音に、鼻孔の奥に潜り込む生々しい臭気に、葛之宮は意識が酩酊するのを感じた。南軍曹が誰かを犯している。その誰かは、金田中尉なのだろうか。金田中尉が男に貫かれて、喘ぎ声をあげて―――。あの石の目は、犯されてどんな色をしているのだろうか。死んだ魚のようにくすんでしまっているのだろうか。それとも、肉食獣のように燃え滾っているのだろうか。どちらでも構わない。僕は、それを見たい。見たくてたまらない。込み上げて来る熱情に、酷く咽喉が乾いた。
 
 南軍曹が掠れた声で、男に囁く。
 
 
「中、っに出しても、いい…ですっ?」
「やッ、…だ、…だめ、…だッ……!」
 
 
 男が藻掻くように身体を捩る。左右に振られる男の首筋に、南軍曹が噛み付く。聞いておきながら、拒否を許さないとでも言うような行動だった。
 
 
「あとっ、で、掻き出してあげますからッ、…ね?」
「ぃ、やだ…ッ!」
 
 
 それでも拒絶を吐き出す男を見下ろして、南軍曹が微笑む。男の顎を強引に掴むと、そのまま食い付くように唇を貪った。くちゃくちゃと唾液が絡まる音が葛之宮にまで聞こえて来る。その音に合わせて、肉がぶつかり合う音が鋭く響く。男の腰を掴む南軍曹の指先にぎゅうっと力が込められる。そして、男の腰を引き寄せて、最奥まで肉を突き入れた。南軍曹が咽喉を逸らせて、小さく呻き声を上げる。
 
 
「は、っぁ……!」
「っヴ、ん゛んー!」
 
 
 南軍曹の肉を銜え込んだまま、電流でも流されたかのように男が全身を痙攣させる。暫く痙攣は続いて、それが止まった頃には、どろりと白濁した液体が男の内太腿を伝って流れていた。南軍曹が愛おしむように虚脱した男の耳元を指先で撫ぜる。そうして、その耳元にもう一度唇を寄せて、何かを囁いた。何を囁いたのかは聞こえない。しかし、その囁きに、敷布に埋まっていた男の顔がゆっくりと上げられる。
 
 その瞬間、背後から伸びてきた掌に、葛之宮は暗闇へと引き摺り込まれた。
 
 

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Published in 地平の戦争

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