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14 生存欲の塊 *猟奇表現有

 
「戦え同士!!」
 
 
 その時、不意に頭上から咆哮が響き渡った。咄嗟に頭上を見上げると、崖の中程から金田中尉が身を乗り出すようにして叫んでいた。その目は、炎の照らされて爛々と輝いている。まるで眼球の中に炎を取り込んだかのようだ。
 
 
「死にたくなければ殺せ! 自らが生き残るために殺せ! そこに思考など必要ないッ!!」
 
 
 悪魔の声だと思った。だが、その声には抗えない。萎えていた指先に微かに力が蘇る。死にたくない。死にたくない。だから、殺す。単純明快で残虐な答えを、金田中尉は容易く口にする。心は折れたままだ。だが、戦う。戦う。戦わなくてはならない。そこに思考は必要ない。長剣銃を固く握り締めて、下腹に力を込める。生きる、生きる、生き残る、既にそれは渇望だ。
 
 隣で袴田少尉がひゅっと息を呑み込み、そうして吼えた。
 
 
「突撃イ゛イイイイイィ゛ィィ゛!!」
 
 
 地面を強く踏み締め、一気に駆け出す。咽喉から知らず、絶叫じみた咆哮が溢れていた。大地が数百の足音に震える。今聞こえているのは、地鳴りか悲鳴か炎の音か、それすらも解らない。空気が熱を孕んでうねる。そうして、熱同士が激しくぶつかった。
 
 敵兵の突き出した剣が左腕を掠める。自分の血が噴き出すのが視界に映った瞬間、葛之宮は熱狂の渦に巻き込まれた。違う、巻き込まれて行ったのだ。長剣銃を敵兵の腹へと突き上げた瞬間、葛之宮は考えることを止めた。生きることも死ぬことも考えていなかった。ただの生存欲の塊となった。そこに善悪はなかった。
 
 突き上げた剣の先端が敵兵の腹へとじわりとめり込み、そうして内臓を突き破った瞬間も、何も感じなかった。ぐにゃりとした柔らかい内臓の感触が掌へと伝わって来たが、葛之宮はそれに対して生理的な嫌悪や、人殺しの恐怖を感じることもなかった。敵兵が絶叫し、血反吐を吐き出す。血反吐が顔面へとびしゃりとかかったが、その時には葛之宮は次の行動に移っていた。長剣銃へと力を込め、敵兵の身体を地面へと引き倒す。傷口が抉れ、男がまるで赤ん坊のような泣き声をあげたが、葛之宮は構わなかった。そうして、敵兵の身体へと片足を掛けて、その腹へと突き刺さった剣を一気に引き抜く。まるで噴水のように、敵兵の腹から血が迸った。それは、葛之宮の身体をしたたかに濡らし、真っ赤に染め上げた。引き抜いた剣を、敵兵の首へと目掛けて振り下ろす。敵兵が何か命乞いめいた言葉を叫んでいたが葛之宮には聞こえなかった。聞くという行為を忘れていた。ゴギッという音と共に、敵兵の頸椎がへし折れる。首の中央には、ぽっかりと穴が空いて、血が噴き出していた。敵兵の目は、既に色を失っている。葛之宮も、同時にその敵兵のことを忘れた。そして、次へと移った。
 
 次の敵兵は、燃えていた。身体に火が燃え移ったままで、剣を持ちながらも悲鳴を上げて走り回っている。葛之宮は、すれ違い様に男の足を斬り付けた。ふくらはぎがパックリと柘榴のように割れて、敵兵の身体が前のめりに倒れる。倒れたところで、背後から左胸を貫いた。悲鳴をあげたかどうかは判らない。敵兵の身体が炎に焼かれながら、ビクンビクンと小刻みに痙攣している。それを二目見ず、葛之宮は辺りを見渡した。
 
 火だるまになった敵兵が駐屯地裏にある林に突っ込んだのか、背後で木々が爆ぜるように燃えていた。熱風が頬を舐める。
 
 当初は隣にいたはずの袴田少尉や南軍曹、スズメの姿はもう見えなかった。葛之宮の見えないところで戦っているのかもしれないし、既に足下の死体の一つになっているのかもしれない。だが、そんな事を考える余地もなかった。
 
 爆撃の音が聞こえる。敵兵が手榴弾を投げているのか、時々地面が爆ぜ、千切れた四肢が空中へと飛び上がる。血と肉が空から降り注ぎ、葛之宮の額を濡らす。びしゃり、と頬に濡れた感触があった。掌で払うと、それは飛んできた肉片の一部だった。ぴくぴくと、おろされたばかりの魚のように脈打っている。葛之宮は、地面に落ちたそれを踏み潰して進んだ。進むしかなかった。生き残るためには。
 
 前も後ろも炎に囲まれて、熱風がとぐろを巻いて吹き荒れ、至るところに蜃気楼じみた空間の歪みが現れる。鼻孔の奥を饐えた臭いがつく。葛之宮は、ひたすら殺した。殺すという感覚はなく、ただ目の前にいる敵を刺していた。刺して、倒して、もう一度刺した。演習通りの動きだった。その行為に、恐怖も罪悪感もなくなっていた。
 
 そうして、何人目かの敵兵を突き殺した瞬間、不意に燃えるように背が熱くなった。肩越しに振り返ると、まだ徴兵されたばかりであろう若い西国軍兵士が剣を斜めがけに振り下ろしていた。葛之宮の背からは、血が噴き出している。途端、くらりと目眩が起こった。失血によるショック反応だ。地面へと倒れたところで、敵兵の剣が振り上げられる。瞬間的に、思考が戻って来る。殺される、と思った。唇だけが悲鳴を上げようと大きく開かれる。
 
 しかし、剣が振り下ろされる瞬間、敵兵後方の木から何か影のようなものが降って来た。そうして、気付けば、敵兵の腹から短剣が突き出していた。ぱくぱくと敵兵の口が戦慄き、倒れ、動かなくなる。その背後から現れたのは、苗代兄弟の片割れだ。血にまみれた短剣を持ったまま、醒めた眼差しで葛之宮を眺める。
 
 
「立って、くずのみやクン」
 
 
 短く言い、葛之宮を引っ張り起こす。そこに怪我をした者に対する気遣いなどはなかった。木の上から、もう一人の苗代の片割れが顔を覗かせる。
 
 
「うずら、ほっとけ」
「うるさい、おれのかってだ!」
 
 
 うずらが喚いて、葛之宮の胸を苛立ったように拳で叩く。
 
 
「しっかり立て。じぶんにしつぼうしたまま死ぬな」
 
 
 その言葉に、葛之宮の目は僅かに現実を取り戻した。背は痺れるように痛む。痛むからこそ現実だった。唇を薄く動かして「ありがとう」と呟くと、うずらは目尻を微かに引き攣らせた。だが、結局は何も言わなかった。木の上からかずらが手を差し伸べる。うずらはその手を掴んで、木上へと身軽に戻って行った。よく見ると、木の上の所々に犬狼隊の姿が見えた。焼けかけた枝の上を上手に飛び回りながら、短銃を撃ち、縄を放ち、敵を攪乱しているようだ。圧倒的に兵力が足りない分を、こうやって補っているつもりか。しかし、いつまでも誤摩化しきれる問題でもない。
 
 葛之宮は、微かな正気と痛みのもと、周囲を見渡した。
 
 周囲は狂乱の様相だった。血と炎にまみれ、天も地も等しく真紅に染まっている。地面には、敵兵とも味方のものともつかない死体が山にならんばかりに転がっている。まるで死体の商店街だ。地面が血でぬるつく。血の、海だ。
 
 
「おれの、みぎて、みぎてぇえ…」
 
 
 右手を失った味方兵が涙をぽろぽろと流しながら、自分の右手を求めて血だまりの中を這いずっている。その味方兵の背を、敵兵が剣で貫く。味方兵の口から、ごぼりと血反吐が吐き出される。しかし、直ぐさまその敵兵も刺し貫かれ、自身が殺した兵士の背へと重なるように倒れる。地獄だ。そう思った瞬間、葛之宮の傍らの地面が爆音を立てて爆ぜた。身体が後方へと吹っ飛び、背が岩へとぶち当たって背骨が軋みをあげた。
 
 
「グぅ、ウ!」
 
 
 唸り声が咽喉をついて溢れる。背から溢れる血と痛みが脳髄の中で渦を巻いて、葛之宮の脳味噌を暗闇へと突き落とす。駄目だ。ここで意識を失うのは。そう脳味噌は言い聞かせるのに、身体が動かない。意識が遠のいて行く。
 
 不意に、甲高い哄笑が聞こえた。愉しくて堪らないとでも言いたげな笑い声は、戦場ではあまりにも異質だった。視界の先に、金田中尉がいる。敵兵の死体を踏み締め、肩に長剣銃を担ぎ、東国軍の旗を熱風にはためかせている。その眼球は、炎と死を喰い締めて、真っ赤に光り輝いていた。
 
 
「殲滅しろ! 殲滅しろ! 殲滅しろおお゛おおおぉぉ゛お゛オオ゛ォ!!!!!」
 
 
 まるで取り憑かれたかのうように吼える。吼えるというよりも、喚き散らすに近かった。金田中尉は、傍らに駆け寄ってきた敵兵を足蹴りに倒すと、そのままその後頭部を長剣銃の銃床の部分で打ち砕いた。バキンと頭蓋骨が割れる音と共に、脳漿が飛び散る。それは、金田中尉の顔に新しい彩りを加えた。
 
 
「我等が黒旗の下!!!」
 
 
 意識が暗闇へと呑まれて行く。薄れゆく意識の中、葛之宮はこう繰り返す自分の声を聞いた。
 
 
『あの人は、魔王だ。この世界を滅ぼす、魔王だ』
 
 

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Published in 地平の戦争

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