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33 賞賛か侮辱か

 
 天道の口から即座に人払いが命じられた。それは小笠原大佐、岸本少佐も例外ではなかった。天道の命令によって、臼長井基地幹部達が次々と退席していく。最終的に会議室に残されたのは、天道と金田中尉と葛之宮の三人だけだった。
 
 
 天道が上座から立ち上がり、金田中尉の隣の席へとどっかりと腰を下ろす。天子様の一族とは思えない、まるで友人の隣に腰掛けるような気安い動作だった。天道が笑みを崩さぬまま、金田中尉の顔を覗き込む。金田中尉は不機嫌そうな顔を隠そうともしない。
 
 
「何でしょうか」
 
 
 不遜な声音で、金田中尉が言い放つ。皇族に対する敬いなど欠片も感じられない声音だ。それに対して、天道は更に笑みを深めた。
 
 
「貴方は面白いくらい噂どおりの男ですねえ」
「噂?」
「上官に対しても平気で暴言を吐く。軍規を侵すのは当たり前。上官の三人に一人は、あんな糞野郎、隙がありゃ後ろから撃ち殺してやると公言しているくらいです。軍隊の中で、最も上官受けの悪い将校。だからといって、部下から慕われているわけでもない。君の傲岸さや使えない者を即座に切り捨てる非情さ、部下からは随分と恐れられているようです」
 
 
 率直を通り越して無礼な天道の言葉に、金田中尉の眉間にますます皺が寄っていく。微かに憎悪が滲み出した壮絶な金田中尉の顔面を、天道はまるで可愛らしい子犬でも眺めるかのように見つめている。
 
 
「それで、何がおっしゃりたいのですか?」
 
 
 怒りを噛み締めるような金田中尉の問い掛けに、天道が小さく頷きを返す。
 
 
「だが、強い。貴方の戦歴を見ましたが、軍隊に入ってから君が指揮する隊は負け知らずだ。画期的な戦法、迅速な襲撃、統率された隊、兵の士気を高める手腕、すべてが手放しで賞賛に値します。貴方は戦闘においては紛れもなく優秀な将校のようです」
 
 
 唐突な天道の賞賛の言葉に、金田中尉が不審げに目を細める。余計に胡散臭いとでも言いたげな表情だ。天道がすっと葛之宮へと視線を移す。その視線に、葛之宮は両肩を強張らせた。
 
 
「葛之宮少尉、貴方の噂も聞いていますよ。葛之宮侯爵の四男坊で、出自からして他将校から一目置かれる立場にいる。それなのに、撤退する隊から抜け出して、金田中尉の残留隊に入って命がけで戦ったのだと。負傷兵を背負って山を登り、見事味方の命を救った。共に戦った兵達は、貴族出身でありながら部下の命を必死で守った貴方に尊敬の念を抱いています」
 
 
 畳掛けられるように述べられた言葉に、葛之宮は素直に歓喜する事が出来なかった。自分の無鉄砲な行動がまるで見習うべき善行のように語られる事に対して、奇妙な罪悪感があった。冷静になってみれば、葛之宮がやった事は間違いなく指揮官として無責任な行動でしかなかった。ただ、葛之宮個人の我が儘を、偽善を押し通しただけに過ぎない。込み上げてきた羞恥心に葛之宮は咄嗟に俯いた。俯いたまま、もごもごと唇を動かす。
 
 
「いえ…」
「ですが、貴方の将校としての能力には疑問を持たざるを得ません。貴方は博愛主義者なのかもしれませんが、その無闇な善意や優しさが決断を鈍らせる。貴方の実直さは、結果的に味方を大勢殺すことになる」
 
 
 唐突に心臓へと突き付けられた言葉の刃に、葛之宮はひゅっと息を呑んだ。天道は先ほどまで浮かべていた笑みを収めて、葛之宮を真顔で見つめている。
 
 
「例えば、味方九百人生き残らせるために百人を犠牲にするような作戦があったとする。貴方はその作戦を決して許せないでしょう。貴方にとって部下は『数』ではなく『人間』だからです。だが、貴方のその潔癖な精神によって、結果的に千人の部下全員が命を落とすことになる」
 
 
 ちくちくと針先で心臓を刺されているような痛みが胸に走る。葛之宮は唇を噤んだまま、その痛みにじっと耐えた。
 
 
 天道が言っている事は、紛れもない事実だった。確かに葛之宮には、いつか自分自身の生半可さ、中途半端な正義感が自分の足下を掬うだろうという予感があった。そして、その甘さは葛之宮自身の命だけではなく、いずれ葛之宮を取り囲むすべてを破滅させることになるだろうことも。
 
 そう、解っている。自分の甘さが仇になるだろう事なんて、とっくの前に自覚している。だが、だからといって決断を迫られた時、自分は百人の部下を人身御供として差し出せるのか。死なせる人間をこの手で選ぶことが出来るのか。――おそらく、葛之宮には選べない。その罪の重さに耐えることが出来ない。そんな弱い人間が将校についている事自体ちゃんちゃら可笑しいのだ。
 
 
 唇をぐっと噤んだまま押し黙る葛之宮に代わって、金田中尉が促すように声をあげる。
 
 
「それで? 貴方は私達を賞賛しに来たのですか? それとも侮辱にしに来たのですか?」
 
 
 一応は敬語の体を保っているが、口調はやはり目上に対するものとは思えないほど不躾だった。それに対して、天道は真顔のまま答えた。
 
 
「どちらでもないですよ。私は貴方達への他人からの評価をありのまま語っただけですから」
「我々の評価を聞かせたところでどうしろと? いい加減、貴方の言葉で語ったらどうですか? 一体、俺と葛之宮少尉をどうするのか。貴方は、俺達を“どうしたい”のか」
 
 
 結論の見えない会話に苛立ったように、金田中尉が机へと拳を乱暴に叩き付けた。だが、問い掛けておきながら、金田中尉は天道の答えを知っているかのように表情を不愉快げに歪めている。
 
 天道がゆっくりと両手を組む。組まれた両手の甲に顎を置いて、そのまま数秒黙って金田中尉と葛之宮を交互に眺めた。
 
 
「貴方達は面白いくらいに正反対な人間だ。お互いに持っているものと持たざるものが裏返しになっている。貴方達が一人の人間として生まれていれば、指揮力と人望、両方を兼ね揃えた素晴らしい軍人になっていたことでしょう。そんな将校がいれば、どれだけ我が東国にとって心強いことか」
「何が言いたい」
 
 
 もう金田中尉は、形だけの敬意を取り繕うこともしていない。奥歯をきつく噛み締めたまま、天道を視線だけで射殺すように睨みつけている。
 
 
 不意に、天道が蕩けるような笑みを浮かべた。眼鏡の奥で、元から細かった目が更に糸のように細められる。薄い唇の両端が左右対称に吊り上げられいく。両頬には、小さなえくぼが。
 
 お手本のような均一な笑顔なのに、葛之宮には何故だかその笑顔が顔面に施された道化役者の化粧のように見えた。まるで自分の皮膚の上に、他人の皮膚を貼り付けたかのような。
 
 
 そうして、天道は静かに言った。
 
 
「私は、君達を英雄にするつもりです」
 
 

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Published in 地平の戦争

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