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34 英雄の条件

 
 それが余りにも極自然な口調で漏らされたものだから、葛之宮は一瞬言葉の意味を理解することが出来なかった。唇を薄く閉じたまま、まじまじと天道を見つめる。葛之宮の視線に対して、天道はにこりと社交辞令のような笑みを返してきた。その笑みにはっと我に返って、葛之宮はどもり声を返した。
 
 
「そ、そんな急なことを言われましても…」
「勿論今すぐ英雄になってくれなんて無茶は言いませんよ。その前に、私から貴方達にお願いしたいことが一つあります」
 
 
 思わせぶりな言葉を漏らして、天道がピンと人差し指を伸ばす。天道が伸ばした人差し指でゆっくりと方向を示す。その仕草を見て、金田中尉がうんざりしたように溜息を漏らした。葛之宮は、指先の方向へと視線を向けたが、そこには壁しかない。小さく首を傾げると、葛之宮の素直な行動を面白がるように天道が含み笑いを漏らした。
 
 
「私が何を示しているか解ります?」
「西国軍駐屯基地」
 
 
 返答は即座に行われた。金田中尉が心底鬱陶しそうに眉を顰めている。天道が壁を示していた人差し指でパチンと指を鳴らした。
 
 
「ご名答です。私が貴方達二人にお願いしたいこと。それは、西国軍に囚われた哀れなる我が臣民の救出です」
 
 
 まるで役者のような口調で天道が言い放つ。その台詞に、葛之宮はぽかんと口を開いた。唖然としたまま、空気が抜けるような声で呟く。
 
 
「臣民の救出?」
「そうです。百数十名程度、近隣の村の住人がこの基地の真向かいにある西国軍駐屯基地に監禁されています。今から十日ほど前からです」
「私達は一月ほど前からこの基地に駐軍しておりますが、そのような情報は一切耳に入っていません」
「当たり前です。西国軍から人質を取ったという書状が届けられたのは、軍ではなく皇居でしたから。政務を担当している私が目を通し、この事はまだ誰にも話していません」
 
 
 飄々と語られる言葉に、葛之宮はくらりと目眩を感じた。国家を揺るがす情報を、誰にも語らず一人の胸に仕舞い込んでおくだなんて。
 
 
 天道が胸元から一枚の書状を取り出す。その紙の上には、西国の文字が金粉が使われたインキで流暢に書かれていた。まるで汚いものでも触るかのように人差し指と親指で書状の端を摘んだまま、天道がひらひらと書状を左右に揺らす。
 
 
「書状の内容を簡約するとこうです。東国が西国に無条件降伏しなければ、捕らえた臣民を毎日一人ずつ処刑していく。期限は、葉月が終わるまで。貴国の英断を望む、とのことです」
「もう一週間もないじゃありませんか」
「そうですねえ。はて、どうすればいいことやら」
 
 
 焦燥を滲ませた葛之宮に対して、天道は緩やかな動作で頬へと緩く手を押し当てた。その暢気な仕草に微かな苛立ちを覚える。民の命が掛かっている時に、のんびりとしている暇はないだろうに。
 
 
「…民を見捨てることはできません」
 
 
 鈍く漏らされた葛之宮の一言に、天道は朗らかな笑みを浮かべたまま首肯を返した。
 
 
「勿論です。もしも皇族が臣民を見殺しにした事が知れれば、天子様に対する臣民の信仰心は消え失せてしまうでしょう。皇族に対する不信感、軍に対する無力感が募っていけば、東国の根底を為す礎は脆くも崩れてしまう。それは結果的に国の崩壊に繋がります。それが解っていて、西国は軍部ではなく皇居へと書状を送ったのでしょう。あぁ、まったくもって嫌味な奴らだと思いませんか?」
 
 
 天道の口調は柔らかいままだ。だが、その声音は一言ずつ冷たく凍えていった。眼鏡の奥の目は、笑っていない。
 
 
「では、臣民を救うために我々は無条件降伏をするべきでしょうか? 西国に跪いて、利権をすべて差し出し、配下に下るべき?」
 
 
 ふわりと天道が微笑む。どこか凄惨さを感じさせる笑みだ。葛之宮の隣では、金田中尉が面倒くさそうに目を細めている。
 
 
「西国の配下に下れば、我らが偉大なる父であり息子である天子様はこけ落とされます。臣民は奴隷として扱われるでしょう。我が国の土は踏み荒らされ、西国の奴らが肩をそびやかして闊歩するようになる――最初に我が皇子を殺したのはあの豚野郎共だというのにねえ」
 
 
 不意に、天道の声が暗く濁った。どろりとした泥の声が鼓膜に貼り付く。そうして、びりり、と紙が破れる音が聞こえた。天道が仄暗い視線を机へと落としたまま、指先に摘んでいた書状を真っ二つに破り捨てている。
 
 
「西国では、我々のことを『黒い害虫』と呼んでいるようです。小さくてすばしっこいから、そう呼んでいるようですが…それならば、あいつらは『金色の豚』ですよ。何が無条件降伏ですか。豚が舐めたことをほざいて」
 
 
 ふふふ、と天道が隠微な笑い声を漏らす。たおやかな手付きで書状を細切れにし、机の上に紙吹雪と化した書状を積んでいく。天道の唇に浮かんだまるで恋人に向けるような甘やかな笑みを、葛之宮は唇を閉ざして眺めた。天道は笑い声を収めると、穏やかな声音で続けた。
 
 
「降伏、はあり得ない。例え敗北があっても、降伏はない。天子様が自ら跪くような事だけはあってはならない」
「つまりは、無条件降伏はしない。民を見捨てることも出来ない。だから、俺達二人に捕まった民を助け出せと?」
 
 
 ようやく金田中尉が唇を開く。その率直な問い掛けに、天道はゆっくりと頷いた。
 
 
「その通り」
「御免だな」
 
 
 即答だった。一息に天道の言葉を撥ねつけると、金田中尉は不愉快そうに眉間に深く皺を刻んだ。
 
 
「あんたが言いたいのは結局こういう事だろう? 面倒事を誰かに押し付けてやろう。奇跡的に成功して民を助けられりゃ万々歳。成功しなくても、役立たずな将校二人が死んだだけ。民に責められたとしても、助けようと努力したが駄目だったんだと涙ながらに言えばいい。ようは救出しようとしたという体裁が欲しいだけだ」
 
 
 既に金田中尉の口調からは完全に敬語が取り払われていた。言い終わると同時に、金田中尉は舌打ちを漏らした。天道が肩を竦める。
 
 
「そう思われても仕方ありませんね」
「冗談じゃねぇ。そんな巫山戯た話に乗れるか」
「聞いてはもらえないですかねえ」
「聞いたところで俺には何の得もない」
「英雄にはなれます」
 
 
 英雄、と白けたように繰り返して金田中尉が鼻で嗤う。
 
 
「英雄なんて名ばかりのただの捨て駒じゃねぇか」
「貴方達を英雄にしたいのは嘘ではありませんよ。長年の戦争、貴族達の内争に、臣民達の疲労は極限にまで達しています。今こそ臣民の心を奮い立たせる英雄が必要なのです。この国を救う人間が」
 
 
 そう訴えかける天道の言葉に、金田中尉は椅子に深く背を凭れ掛けたまま唇の端を不愉快そうに捻じ曲げた。英雄という言葉を心底軽蔑している表情だ。
 
 
「英雄を作りたきゃ、そこのお坊ちゃんを好きなように祭り上げりゃいい。俺まで巻き込むな」
「言ったでしょう? 彼だけでは『英雄の条件』には足りないんです。貴方の指揮力、そして非情さが何よりも必要だ。同様に、貴方一人だけでは周囲との軋轢を生んで、いずれ上の者から粛清されるのが目に見えています」
「それがどうした。英雄なんて巫山戯たもんにさせられるくらいなら、馬鹿共に後ろから撃たれる方がマシだ」
「貴方の傍には、彼のように地位と人望が備わった人間がいるべきです」
 
 
 まるで電気でも走ったかのように、金田中尉の頬が細かく痙攣した。見開かれた目の縁が一瞬で深紅に染まる。
 
 
「勝手に決めつけるな! 俺はこんな腑抜け野郎要らねぇんだよ!」
 
 
 不意に憤怒が弾けた。金田中尉が椅子を蹴り飛ばして、立ち上がる。吹っ飛ばされた椅子が壁に当たる音が大きく響いた。机の端に置かれた金田中尉の両手は、怒りで微かに震えている。
 
 葛之宮は、その様子を半ば呆然と眺めた。金田中尉がここまで他人の言葉に翻弄されるのを見たのは初めてだった。そうして、ちくりと奇妙に痛む胸を感じた。腑抜け野郎と言われた事に対する怒りよりも、金田中尉に必要ないと言われた事に葛之宮は深く傷付いていた。解り切っていたことだけれども、目の前でこうもはっきりと言われるのは矢張り悲しい。
 
 
 天道は、吹っ飛んだ椅子をちらりと横目で眺めてから、金田中尉へと視線を戻した。そうして、血走った金田中尉の目を見据えて、にやりと不敵に嗤った。
 
 
「ねぇ、私には解りますよ」
「何を言ってやがる」
「私には、貴方が自ら処刑を望んだ理由が解ると言っているんですよ。金田中尉、貴方、怖かったんでしょう?」
 
 
 まるで睦言のような天道の猫撫で声に、一瞬で会議室の空気が張り詰めるのが解った。金田中尉が驚いたように目を見開いて、直後顔面を怒りに真っ赤に染め上げた。赤黒く染まった皮膚は、指先でつついただけでパチンと弾けてしまいそうに見える。
 
 金田中尉の形相に怯むことなく、天道は愉しげに言葉を続けた。
 
 
「貴方は、他人に自分の生殺与奪を握られていることが、たまらなく怖かったんですよねえ。他人の掌の中で自分の命が弄ばれている状況は、貴方にとって絞首刑や銃殺よりもよっぽど恐ろしいことだった。だからこそ、自分から処刑を促すような発言をした。自ら死を選ぶことによって、貴方は自分の命を自分のものだと主張したかったのでしょう?」
 
 
 金田中尉の奥歯が軋む音が聞こえてくる。白目部分はすでに真っ赤に充血していた。眼球も皮膚も赤く染めた姿は、まるで地獄の悪鬼ようだ。
 
 天道の声は止まらない。まるで雅な詩でも諳んじているかのよう唇を滑らかに動かす。金田中尉を優しく追い詰めていく。
 
 
「そうして、それ以上に貴方が恐れていたことが、他人に自分の命を守られるという行為だった。まるで幼い子供のように庇護される事は、貴方にとって最上の恐怖だったのではないですか?」
 
 
 葛之宮は、はっと息を呑んだ。見開いた目で、金田中尉を見上げる。だが、金田中尉は何も答えない。天道の妄言に返答するのが負けだとでも言いたげに、ただ奥歯を固く食い縛っているばかりだ。
 
 天道が緩く首を傾げて、にっこりと微笑む。
 
 
「他人に命を握られるのは嫌ですか。他人に守られるのはもっと嫌ですか。貴方は誰にも自分を委ねず、何者にも依ることなくただ一人で生きようとしている。それが貴方の強さだ。だが、同時に弱さでもある。貴方はあまりにも破滅的だ。貴方を破滅から押しとどめる人がいなくては、いずれ待ってるのは野垂れ死にですよ」
「こんなお坊ちゃんと一緒に英雄なんてもんに祭り上げられるくらいなら野垂れ死んだ方がいい」
 
 
 金田中尉が咽喉の奥から吐き捨てるように漏らす。それに対して、天道はまるで癇癪を起こした我が子を見るような和やかな眼差しをしている。そうして、静かにこう問い掛けた。
 
 
「貴方は誰を失くしたんですか?」
「は、ぁ?」
「貴方を守って亡くなった方がいるんですね?」
 
 
 瞬間、空気を切る音が聞こえた。金田中尉の振り上げられた拳が宙を舞っている。天道の顔面へと向かって突き進む拳を見た瞬間、葛之宮は椅子を蹴り飛ばして金田中尉へと飛びかかっていた。金田中尉の腰に勢いよく組み付いて、強引に後方へと押しやる。金田中尉の拳は天道の鼻先まで後数センチというところで止まった。
 
 
「中尉ッ、手をあげてはいけません!」
 
 
 頭上からギリッと歯が軋む音が聞こえた。数秒の沈黙の後、乱暴に身体を撥ね除けられる。金田中尉が憎悪の眼差しで、尻餅をついた葛之宮を見下ろしていた。
 
 
「俺は十一のガキじゃねぇぞ」
「え…?」
「どいつもこいつも巫山戯けやがって…」
 
 
 鈍く独りごちて、金田中尉が視線を天道へと戻す。
 
 
「人の腹をほじくり返してる暇があるのなら、あんたの大事な臣民を一人でも助けに行ったらどうだ? 悪いが、俺はそこのお優しい坊ちゃんと違って、他人の命がどうなろうが興味がない。天子様とやらが貶められようが、この国が滅ぼうがどうだっていい。あんたが英雄を作りたいのなら勝手にしろ。だが、俺に構うな」
 
 
 そう吐き捨てると、金田中尉は会議室から足取り荒く出て行ってしまった。葛之宮は、その後ろ姿を呆然と眺めた。どうしてだか、一瞬金田中尉が酷く苦しげな表情をしたように思えて、止められなかった。
 
 
 そのまま床にへたり込んでいると、肩先を緩く叩かれた。視線を向けると、差し出された掌が見えた。思考停止のままその掌を掴むと、ゆっくりと引き上げられる。戦場を知らない柔らかな掌だった。天道が葛之宮の手を掴んだまま、にっこりと微笑んだ。
 
 
「有り難う御座いますねえ。私は痛いのが苦手ですから、助かりました」
「いえ…」
 
 
 そこでふと我に返って、掴んだ掌をパッと離した。皇族の手を握るだなんて、たかだか貴族の四男坊に許されたことではない。だが、手を離した瞬間、不意に堪えようのない怒りが込み上げてきた。眦を尖らせて、天道を見据える。
 
 
「一体、貴方は何のつもりで中尉にあんな事を言ったのですか」
「はて、何のつもりとは?」
「あれでは中尉を怒らせただけです」
「あぁ、そうですねえ。あんまりにも彼が素直な反応を返すものだから、つい」
 
 
 他愛もない失敗を話すかのように小さく笑い声をあげる天道の姿に、葛之宮は顰めっ面を浮かべた。つい、では済まされる事ではない。天道がふぅと淡く息を漏らす。
 
 
「彼は可愛そうな男ですねえ。他人から必要とされる事も、他人を必要とする事も恐れている」
「貴方が中尉の何を知っていると言うんですか」
 
 
 まるで金田中尉のことなら何でもお見通しと言わんばかりの天道の口調に、奇妙な反発心が湧き上がってくる。噛み付くような葛之宮の声音に、天道が唇を朗らかに緩める。
 
 
「彼のことは何も知りませんよ。ですが、我羅夜が過去にどんな事をしていたかは知っています」
「我羅夜が?」
 
 
 反射的に繰り返していた。我羅夜というのは、金田中尉や苗代兄弟が元々入っていた盗賊団の名前だ。どうして、今ここで我羅夜の話題が出てくるのか。
 
 
「我羅夜が一体何をしていたのですか?」
「まぁ、それは、金田中尉に聞いてみたらいかがですかねえ」
 
 
 問い掛けても、肝心なところをはぐらかされる。まるで焦らされているようで、葛之宮は眉を顰めた。不服そうな葛之宮の様子を見て、天道が苦笑いを浮かべる。
 
 
「意地悪ではありませんよ。私が喋ったら、きっと彼が貴方に心を許すことは一生ない。だから、喋らないだけです」
「…今だって、心なんて許されてません。私は金田中尉に嫌われていますから」
「はて、そうでしょうか?」
 
 
 脳天気に天道が首を傾げる。その様子を葛之宮は微かな苦々しさをもって眺めた。あんな態度を取られて、嫌われていない訳がない。葛之宮の甘さを、金田中尉は心の底から侮蔑している。
 
 胸の奥から湧き上がってくる感傷的な想いを、葛之宮は掌で額を押さえて堪えた。どうして、金田中尉に嫌われるのがこんなにも切ないのだろう。あんな傲慢で自己中心的な男と苦々しく思う気持ちと、地獄のような戦場で戦い抜く男への畏怖がぐちゃぐちゃになって自分の胸に溢れている。離れたいのに、離れたくない。執着心にも似たその感情を、どんな言葉で表現すれば正しいのか葛之宮には解らない。
 
 
「金田中尉は、私のような人間を憎んでいます。不自由なく生まれ、現実を知らず綺麗ごとばかりを語るような人間を、きっと許しはしないでしょう」
「はてさて、そうでしょうか?」
 
 
 天道が同じ言葉を繰り返す。その首は、もう九十度近くまで折り曲げられている。まるで鸚鵡相手に話しているような虚脱感が込み上げてくる。がっくりと脱力すると、そんな葛之宮の様子に気付いたのか、天道が肩を揺らして笑った。
 
 
「私は、彼のような男が心を許すのは、貴方のようなお人好しな人だと思いますけどねえ」
「まさか」
「彼を説得してはくれませんか?」
 
 
 天道の唐突な申し出に、葛之宮は一瞬息を呑んだ。数秒の沈黙の後、鈍く首を左右に振る。
 
 
「それが、金田中尉に救出作戦に参加するように説得しろということなら、私には無理です」
「何故ですか?」
「先ほども申し上げましたように、私は金田中尉に憎まれています。私が説得したところで火に油を注ぐようなものです。そもそも、私だってそんな無茶な作戦に乗るなんて言っていません」
「でも、貴方には、何百人もの臣民を見殺しにする事はできないでしょう?」
 
 
 まるで揚げ足を取るようにそう言われて、葛之宮はぐっと唇を噛んだ。確かに民が処刑されるのを知っておきながら、何の行動も取らないなんて事はできないだろう。自分が罪の意識に耐えられるとは思えない。
 
 俯いて押し黙る葛之宮を、天道がじっと見つめる。まるで葛之宮の迷いを推し量るような目だと思った。
 
 
「勿論、二人で特攻してくれなんて無茶な事は言いませんよ。もし貴方達二人が引き受けて下さるというなら、作戦についてもお話しましょう」
「やると決めなければ話して頂けないと? それは私達に対して随分と不公平ではありませんか? 我々には命を賭けさせておきながら、貴方は何も口にしないつもりですか?」
 
 
 葛之宮の糾弾に、天道が困ったなぁとでも言いたげに頭を掻く。
 
 
「自分が卑怯なのは重々承知していますよ。それでも、私は貴方達に断られては困るのです」
「私と金田中尉でなくとも、他の人間にやらせればいいだけのことです」
「いいえ、これは貴方達でなくてはならないのです。特に葛之宮少尉、この作戦には貴方が絶対不可欠です」
「私の何が…」
「もしも引き受けて頂けるのなら、私もあることを教えましょう」
「あること?」
「この国の行く末について」
 
 
 唇を閉じて、葛之宮はまじまじと天道を見つめた。天道は扇子を広げると、口元を覆い隠して目元だけで笑った。咄嗟に疑念じみた感情が込み上げてきた。葛之宮は、言葉を偽らずに問い掛けた。
 
 
「貴方はこの戦争を、この国をどうするつもりですか?」
「私の考えなど意味のない事です。すべては天子様の御心のままに」
「天子様は、一体何を考えていらっしゃるんですか?」
「それは、是非金田中尉とお二人で聞きにきて下さい」
 
 
 はぐらかすように天道がにっこりと微笑む。その笑みを眺めながら、葛之宮は今まで考えもしていなかった思考が頭をもたげるのを感じた。
 
 
 この国の頂点に立つ男の頭の中を。
 この国は一体どこへ向かって進もうとしているのか。
 
 

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