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41 青年将校と犬

 
 砂粒混じりの風が頬へと吹き付ける。頭上で純白の旗がばたばたと翻る音がやけに大きく聞こえた。照り付ける日差しで、皮膚がじっとりと汗を滲ませるのを感じる。微か砂塵で煙る視界に片目を眇ながら、葛之宮は荒野の先に聳え立つ城壁を見上げた。
 
 城壁見張り台に立つ西国軍兵士達の視線が葛之宮達へと向けられている。それを感じると、胃の腑がきゅうっと縮まるような怖気を感じた。まさか自国の旗を掲げ、白色の軍服を着た人間を突然射撃はしないと思っていても、まったく恐怖を感じないかといったら、それは別の話だった。砂粒でざらつく咽喉を蠢かして、少量の唾液を呑み込む。
 
 
 恐怖に震えそうになる足を何とか動かして、一歩ずつ歩みを進める。その時、不意に背後から、グぅう、と獣のような唸り声が聞こえてきた。肩越しにゆっくりと振り返ると、血走った眼差しと視線が合った。顔の所々に鮮やかな痣を咲かせた黒髪の男は、まるで親の仇でも見るような眼差しで葛之宮を睨み付けている。両頬は痛々しいほどに腫れ上がり、猿轡が填められた口の端からはまだ真新しい血が滴っていた。血と泥に汚れた衣服を身に纏った男の両腕は背後で拘束されており、その腰に繋がれた縄は葛之宮の左手に握られている。
 
 黒髪の男の視線を受けながら、葛之宮はほんの少しだけ曖昧な笑みを浮かべた。『静かに』そう声に出さず唇だけ動かすと、黒髪の男は再び眼球を憤怒に燃え上がらせた。だが、その直後、がっくりと首を垂らしてしまう。よぼよぼとした黒髪の男の足取りを見ていると、不意に老犬を散歩させているような感覚に陥った。
 
 
 左手の縄を握り直しながら、葛之宮は再び視線を城壁へと向けた。距離が縮まったせいで、城壁は葛之宮の視界に迫り来るように巨大に映った。これだけの駐屯基地を半月程度で完成させるとは、敵ながら凄まじいものだと感心してしまう。
 
 そういえば、西国は巨大建造物を造るのが得意な国だった事を思い出す。恐ろしいほどに繊細な細工を施した巨大な柱、それらが何本も立てられた神殿の姿を、葛之宮は脳裏に思い浮かべた。確か教科書には『国獣セイヴァーを祀る神殿アストリア』と書かれていた覚えがある。
 
 意味のない記憶が頭の中を駆け巡る。士官学校に行っていた頃の事はあまり思い出したくないというのに、記憶はまるで足の裏の米粒みたく鬱陶しく、葛之宮の脳裏にこびり付いて離れないままだ。
 
 
 記憶を振り払うように首を左右に振った時、数十メートル先に迫った城門が軋んだ音を立てて開かれた。城門から五名ほどの西国軍兵士が銃剣を構えたまま走り寄ってくる。当たり前だが、その全員が美しい金色の髪をしていた。今の葛之宮と同じ髪色だ。
 
 
『止まれ! 両手をあげろ!』
 
 
 西国語で鋭く命令が放たれる。葛之宮は跳ねる心臓を感じながら立ち止まり、両手をゆっくりと掲げた。
 
 
『誰だ、階級と名を名乗れ』
 
 
 そう高圧的に命じられる。西国軍兵士が構える銃剣の切っ先は、真っ直ぐ葛之宮へと向けられている。太陽の日差しにぎらつく切っ先を見つめながら、葛之宮はそっと乾いた唇を開いた。
 
 
『西国軍第二斥候部隊所属、ラディ・クリストフ少尉』
『証明は出来るか』
『胸ポケットに身分証が入っている』
 
 
 西国の言語で、淀みなく葛之宮は答えた。一名の兵士が近付いてくる。胸に付けられた階級章は軍曹となっていた。その軍曹は、葛之宮の胸ポケットから雑に身分証のタグを引き摺り出して、まじまじと眺めている。楕円状の鉄プレートには、苗代兄弟に惨殺されたラディ・クリストフの氏名や所属部隊が彫り込まれているはずだ。
 
 タグの表面を確認した軍曹が他の兵たちへと頷く。途端向けられていた銃剣の矛先が、葛之宮から背後に立つ黒髪の男へと移された。
 
 
『少尉殿は手を下ろして頂いて結構です。しかし、その男は何者ですか』
 
 
 差し出されたタグを受け取りながら、葛之宮は背後の男へと視線を向けた。黒髪の男は相変わらず憔悴した様子で、俯いたまま顔を上げようとはしない。
 
 
『道案内に拾った東国の農民だ』
『道案内?』
『軍曹、君の名は?』
 
 
 訝しげに顔を歪める軍曹を見据えて、葛之宮は唐突に切り付けるような声をあげた。途端、軍曹の背が真っ直ぐに伸びる。
 
 
『ハーメル・ケインズ軍曹であります』
『ケインズ軍曹、私は疲れている。こんな吹きっさらしの場所で、くどくどと説明をさせるつもりか? 説明なら、君ではなく私の上官にしよう。君の仕事は、私を早急に上官の元へと連れて行くことだ』
『ですが…』
『軍曹、分を弁えろ』
 
 
 鋭い葛之宮の一声に、ケインズ軍曹の肩が僅かに跳ねる。苦渋に歪むケインズ軍曹の表情が見えたが、葛之宮は気にも止めていないフリをした。ケインズ軍曹が下唇を噛み締めた後、掠れた声をあげる。
 
 
『申し訳ございませんが、基地へご案内する前に一つだけ確認をさせて頂きます』
『確認だと?』
 
 
 葛之宮の怪訝そうな声に答えず、ケインズ軍曹の手が葛之宮の顔面へと向かって伸ばされる。一瞬仰け反りそうになるのを堪えて、葛之宮はケインズ軍曹を真っ直ぐ見据えた。
 
 葛之宮の下瞼を緩く引き下げながら、ケインズ軍曹が眼球を覗き込んでくる。おそらく眼球に目硝子が入っていないのかを確認しているのだろう。だが、今の葛之宮の眼球に目硝子は嵌められていない。淡く透けるような空色、ありのままの瞳の色だった。
 
 葛之宮の目に硝子が入っていない事を確認して、ケインズ軍曹がゆっくりと離れる。その表情は何処か悔しそうにも見えた。ケインズ軍曹の顔を横目で見やりながら、葛之宮はわざと鷹揚な声で訊ねた。
 
 
『納得したか?』
『…はい』
『宜しい。では、迅速に基地まで案内しろ』
 
 
 葛之宮の命令に、ケインズ軍曹は短い肯定の声を返して、敬礼を行った。同時に、葛之宮も西国軍基地へと大きく一歩を踏み出した。
 
 
 
***
 
 
 
 黒髪の男を引き連れて、白色の軍服を纏った少尉が城門から入って来る。城門近くで作業をしていた数名の兵士達が動きを止めて、彼らの姿を凝視している。彼らの眼差しには物珍しそうな好奇と、そうしてほんの僅かな羨望が滲んでいるように見えた。彼らが憧れの眼差しで青年将校を見る理由がカルロアにはよく理解できた。
 
 砂塵の中でも涼やかな目鼻立ちが判る、美しい青年将校だった。すらりと長い四肢に、真っ直ぐに伸びた背筋。そうして、一際目を引いたのはその瞳の色だ。西国でも珍しい、透けるような青色の目をしていた。カルロアの豪華絢爛な美貌とは異なる、何処か淡く儚げな美しさを持った青年だ。
 
 
 城門付近が見渡せる廊下に立ったまま、カルロアは小さく呟いた。
 
 
『覚えのない顔だな』
『将校は何千人もおりますから、覚えがないのも当然では』
 
 
 同じ窓から外を見やっていたアルキンスがすぐさま返事を返してくる。
 
 
『だが、彼の目の色は珍しい。一度見たら忘れられなさそうだ』
『確かに。それにしても、随分と綺麗な顔をした男ですね』
『上官から狙われそうだな』
『尻を?』
『もしくは陰茎を』
 
 
 言葉遊びのように下劣な単語を並べて、カルロアとアルキンスは肩を揺らして小さく笑った。そうして、ふとアルキンスが気付いたように呟く。
 
 
『ですが、あの薄汚い浮浪者は何でしょうか』
『浮浪者というよりも野良犬のようだな。縄で繋がれている』
 
 
 視線は、秀麗な青年将校から、その後ろを覚束ない足取りで歩く黒髪の男へと移された。身体を半分に折り曲げるようにして歩いている姿は、まるで腰の悪い老人のようだ。薄汚れた皮膚といい衣服といい、道端で飢え死にしかけている野良犬を連想させられる。
 
 
 不意に、黒髪の男の身体がぐらりと揺らぐのが見えた。足がもつれたのか、そのまま顔面から地面へと倒れ込む。その姿を見て、青年将校の表情が一瞬ギクリと強張った。だが、次の瞬間、青年将校は唇を引き結んで、うつ伏せに倒れた黒髪の男の脇腹をキツく蹴り上げた。その衝撃に、黒髪の男が地面の上を芋虫のように身悶える。
 
 
『立てッ!』
 
 
 青年将校が鋭く叫ぶ。その声を受けて、それまで俯いていた黒髪の男がゆっくりと顔を上げた。その瞬間、カルロアは全身の産毛が音を立てて逆立つのを感じた。
 
 
 黒髪の男の憎悪に満ちた血走った眼球。その男の眼球の奥に、暗く燃え上がる地獄の業火が見えた。鬱屈し、抑圧された負のエネルギーが充満した、畜生の眼球だ。カルロアは未だかつて、これ程までに凄惨かつ残虐な目をした人間を見たことがなかった。
 
 
 青年将校が眉根を寄せて、もう一度黒髪の男の脇腹を蹴り付ける。黒髪の男は額を地面に擦り付けるようにして悶えた後、足の折れた犬のようにヨボヨボと立ち上がった。再び青年将校が縄を引いて歩き出す。その後ろをふらふらと揺れながら、黒髪の男がついて行く。
 
 基地内部へと消えていく二人の姿を眺めながら、カルロアは腹の奥から込み上げてくる歓喜とも高揚とも付かないものに打ち震えた。両手で口元を覆って、唸るように呟く。
 
 
『嗚呼、どうしよう』
『どうかされましたか?』
『アルキンス、あぁ、こんな気持ちは初めてだ。堪らない。まるで恋に落ちたような気分だよ』
 
 
 突拍子もない台詞を漏らすカルロアを見て、アルキンスが目をぱちぱちと瞬かせる。その様子を見返しながら、カルロアは蕩けるような笑みを浮かべた。
 
 
『愉しくなってきたぞ。ゲームが始まる』
『ゲーム、ですか?』
『そうだ。戦争さ』
 
 
 戦争をゲームだと言い切るカルロアの姿に、アルキンスが一瞬ギクリと目尻を引き攣らせる。カルロアは軽やかに笑って、先導を切るように歩き出した。
 
 
 
***
 
 
 
 葛之宮が連れて来られたのは、参謀補佐官の執務室だった。それほど広くはない室内の中央に、無駄に大きな執務机が据え置かれている。その執務机の上には、これでもかと言うほどの書類が山積みになっていた。書類の内容を盗み見るあたり、おそらくこの執務室では基地内の人員管理をしているのだと把握する。
 
 そうして、机の奥には、マッチ棒のように細い男が座っていた。眼光は尖り、痩けた顔面に大きな鷲鼻ばかりが目立っている。血色が悪いせいか、その男からは亡霊じみた印象を受けた。
 
 
『ナナリ補佐官殿、ラディ・クリストフ少尉殿をお連れしました』
 
 
 ケインズ軍曹が敬礼を送りながら、そう言い放つ。この部屋に居るのは、葛之宮、黒髪の男、ケインズ軍曹、そうしてナナリ補佐官と呼ばれた男の四人だけだった。しかし、ナナリ補佐官は一瞬ちらりと顎を持ち上げただけで、直ぐに視線を手元の書類を落としてしまった。目線を伏せたまま、ナナリ補佐官が億劫そうな声で呟く。
 
 
『その後ろのは何ですか』
 
 
 骸骨のように細い指先が指し示していたのは、葛之宮の背後で左右に揺れている黒髪の男だった。葛之宮は背筋を伸ばして、答えた。
 
 
『東国の農民であります』
『何故そんなものを連れ歩いているのか、最初から簡潔に説明をして下さい』
 
 
 目下の者に対しているというのに、ナナリ補佐官は敬語のままだった。だが、その声音には温度がない。機械のように冷え冷えとした声音だ。
 
 葛之宮は微かに咽喉が渇き始めるのを感じながら、唇を開いた。
 
 
『私は、第二斥候部隊に所属しておりました』
『第二斥候部隊でしたら、東国軍に壊滅させられたはずですが』
『生き残りは私だけです』
『はぁ、それはご苦労様なことです。では、何故この基地にたどり着くのに、こんなにも期間を要したのですか』
『戦闘で背に傷を負い、足を骨折したため、動けるようになるまでに時間が掛かってしまいました。今の今まで伝達が遅れてしまい、誠に申し訳ございませんでした』
『謝罪は不要です。背を見せなさい』
 
 
 ナナリ補佐官が端的に命じてくる。葛之宮は視線を真っ直ぐナナリ補佐官へと据えたまま上着を脱ぎ、傍らに立つケインズ軍曹へと押しつけた。シャツのボタンをすべて外してから、ナナリ補佐官へと背を向ける。シャツを腰まで落とせば、背に刻まれた創傷と火傷の痕が現れるはずだ。それは黄半島の戦闘で葛之宮が負った傷跡だった。
 
 ナナリ補佐官はまじまじと葛之宮の背を眺めた後、いい加減な仕草で掌を振った。その仕草を見て、葛之宮はシャツを羽織った。ボタンを止めぬままに、ナナリ補佐官へと語りかける。
 
 
『動ける状態になった後、私は道案内のために東国の農民を一人拾いました。それがこの男です。この男に抜け道を案内させて、本日この基地まで辿り着く事が出来ました』
『何故その男の口を塞いでいるのですか』
『犬のように吠えるので五月蠅いのです。時々身体に噛み付いて来ることもあります』
 
 
 苦虫を噛み潰したような声音で答える。すると、ほんの一瞬だけナナリ補佐官の頬が引き攣るように歪むのが見えた。嗤ったようだ。
 
 
『その男については、もう結構です。では、クリストフ少尉、貴方の身元を証明できる人間は』
『身分証ならここに』
『いいえ、違います。身分証ではなく、生きた証人ですよ。貴方の知り合いが此処に居るかということです』
『…私は今回の遠征が初めての任務でしたし、所属していた部隊が全滅しました。ですから、この基地に知り合いがいるとは断言できません』
『あぁ、それでは困る。とても困るんですよ。我々は現時点で千名以上もの戦死者を出して、基地全体が非常に“ヒリ付いている”状態だ。身元の保証も出来ない、得体の知れない人間を基地内に入れておくことは出来ない』
『私は貴方がたの同族です』
 
 
 試すようなナナリ補佐官の声音に動揺しないよう、葛之宮は敢えて平静を装って答えた。ナナリ補佐官は貼り付いたような薄笑いを浮かべたまま、小さく首を傾げた。
 
 
『私はね、うんざりしているんです。うんざり、解りますか?』
『…ナナリ補佐官殿、何をおっしゃっているんですか』
『千名以上の戦死通達書を毎日のように書いているんです。親族への懇ろな労りと、御子息がいかに勇猛果敢に戦ったか、有りもしないストーリーを散りばめながら一枚一枚丁寧にね』
 
 
 ナナリ補佐官が机の上に置いていた紙を、人差し指と親指で摘んで持ち上げる。ひらひらと揺らされる紙を眺めながら、葛之宮は微かに目を細めた。
 
 
『それだけでもうんざりだというのに、更に生き残ったという少尉が戻ってきた? つまり、私が必死に書いた戦死通達書をひっくり返して、ラディ・クリストフという名が書かれた一枚の紙を探し出さなければいけないと? あぁ、うんざりだ。死にたくなるぐらい、もううんざりだ』
『…つまり、私は補佐官殿にとって厄介者なわけですね』
『ええ、まったくもってその通りです』
『どうすれば私を信用して頂けますか?』
『証明出来ないのですから、信用も何もありません。その犬と一緒に基地の外へ追い出すだけです』
『それは“野垂れ死ね”と言っているのだと受け取っても宜しいですか?』
 
 
 率直な葛之宮の返答に、ナナリ補佐官の口角が緩く吊り上がる。どこか夢遊病患者のような溶け爛れた微笑だった。思考することを放棄した面だ。
 
 その笑みを見て、葛之宮は胸の内に焦燥が込み上げて来るのを感じた。折角基地内に入ったというのに、このままでは再び外に逆戻りしてしまう。
 
 
 歯噛みしそうになった時、執務室の扉が叩かれる音が聞こえた。『失礼いたします』という声が外から聞こえてきて、その直後扉が開かれる。現れたのは、軍帽を目深に被った一人の少尉だった。目元は薄く色のついた眼鏡が掛けられていて、よく見えなかった。
 
 
『お取り込み中、申し訳ございません。第三補給部隊所属、ルイ・ベネディクト少尉と申します』
『何の用ですか、ベネディクト少尉』
 
 
 突然の闖入者に、ナナリ補佐官が鼻白んだ表情で訪ねる。ベネディクト少尉は、緩く執務室内に視線を彷徨わせた後、葛之宮を見据えてニッと笑みを浮かべた。その場違いなほど溌剌とした笑みに、一瞬葛之宮は怯みそうになった。ベネディクト少尉は、ナナリ補佐官を見据えて朗々と話し出した。
 
 
『ナナリ補佐官殿、どうかご無礼をお許し下さい。クリストフ少尉が戻ってきたという噂を聞いて、居ても立ってもいられず押し掛けてしまったのです』
『貴方は彼の知り合いですか?』
『はい。士官学校の同期で、私の親友です』
 
 
 ベネディクト少尉が滑らかに答えるのを聞いて、葛之宮は思わず目を剥きそうになった。当たり前だが葛之宮は西国の士官学校を出ていないし、そもそも西国に知り合いなど居るわけもない。ならば、親友と名乗るこの男は一体何者なんだろうか。一体何のために上官を謀っているのか。
 
 
『ラディ、生きていて本当に良かった。故郷のお母様も、お前が生きていると知れば、さぞお喜びになることだろう』
『…あぁ、そうだな』
 
 
 ベネディクトの感極まった台詞に、そう返すのが精一杯だった。微笑むベネディクト少尉を凝視していると、『お前は誰だ』と思わず問い掛けそうになる。だが、その衝動を堪えて、葛之宮は何とか笑みを口元に浮かべた。怪訝そうな表情をするナナリ補佐官へと視線を向けて、悠々と声をあげる。
 
 
『これで私の得体は知れたでしょうか?』
 
 
 そう問い掛けると、ナナリ補佐官は一瞬口角を引き攣らせた後、再び億劫そうな表情で俯いた。葛之宮へと視線も向けぬままに、何処へでも行けと言うように掌を前後に振る。どうやら基地から追い出されるのは回避出来たらしい。
 
 静かに息を吐きながら、葛之宮は背後を振り返った。そこには、まだ項垂れたままの黒髪の男が立っている。
 
 
『その男を牢に放り込んでおけ』
 
 
 言い放ち、手に持っていた縄をケインズ軍曹へと渡す。ケインズ軍曹は敬礼をした後、黒髪の男を連れて去っていった。その後ろ姿を眺めてから、葛之宮とベネディクト少尉も執務室を後にした。
 
 
 廊下を歩いて少しした所で、ベネディクト少尉が葛之宮の耳元にこう囁いた。
 
 
『君と二人きりで話がしたい。もし良ければ、私の部屋へ向かおう。年代物のワインもあるんだ』
 
 
 思わせぶりに囁いて、ベネディクト少尉は、唇を左右に引き裂くようにして笑った。
 
 

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Published in 地平の戦争

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