Skip to content →

52 神殺し *R-18

 
 隣室には、直径1.5メートル程度の琺瑯桶が置かれていた。側面が滑らかな曲線を描き、表面を撫でればつるりとした触り心地が指に残る。単純な作りながら、贅を尽くされた物なのが一目で解った。
 
 浅い琺瑯桶の中には、三十センチ程度の湯が張られていた。沸かしてから間もないのか、水面から真白い湯気がゆらゆらと陽炎のように沸き上がっている。
 
 掌を湯へと浸して温度を確かめていると、背後で衣擦れの音が聞こえてきた。振り返ると、既に服をすべて脱ぎ落とした金田中尉が立っていた。その左臑には真っ白な包帯が巻かれている。
 
 さっぱりと全裸になってしまった金田中尉の姿に、葛之宮はぎょっと目を見開いた。金田中尉が左足を引き摺りながら、琺瑯桶へと近付いてくる。
 
 
「お前もさっさと脱げ」
 
 
 ねめつけるように葛之宮を流し見て、金田中尉が右爪先から湯の中へと浸かっていく。左足は琺瑯の縁に引っかけるようにして湯の外に出したまま腰まで湯に沈めて、金田中尉が長く息を漏らす。
 
 
「湯に入るのなんて何ヶ月ぶりだろうな」
 
 
 独りごちるように漏らして、両手で掬った湯を顔へと掛ける。透明な湯が金田中尉の肌の上を伝っていく光景にすら、目を奪われる。黄色がかった肌が小窓から射し込む光に照らされて、艶やかに輝いていた。
 
 こくりと無意識に咽喉が上下する。毒だ、と頭の中のどこかで囁く声が聞こえた。目の前の男は、葛之宮にとって致死量の猛毒だ。そう解っているのに――
 
 
「葛之宮」
 
 
 含み笑いの声が聞こえる。伏せていた視線を上げると、葛之宮へと緩く右手を差し伸べる男の姿が見えた。金田中尉が首を緩く傾けて、葛之宮を甘やかな眼差しで見つめている。
 
 
「くずのみや」
 
 
 まるで咽喉元を指先でくすぐるような猫撫で声は、葛之宮を泥沼へと引きずり込む声だ。そう解っているのに、葛之宮はその手を取らずにはいられない。猛毒を喜んで呷る自分の姿がまざまざと脳裏に浮かんで離れない。
 
 差し出された金田中尉の右手をそっと掴む。途端、金田中尉の笑みが深まった。罠に掛かった獲物を見るような、微かな残忍性と優越を帯びた表情だった。
 
 掴んだ手が一気に引っ張られる。悲鳴を上げる暇もなく、湯の中へと引き摺り込まれた。ばしゃん、と大きな水音が響き、顔面から水面へと沈む。
 
 
「ぶッ…、ぶわッ!」
 
 
 せき込みながら顔を上げると、腹を抱えてゲラゲラと笑う金田中尉の姿が目に映った。水面を片手で叩きながら、右足をバタバタと動かしている。悪ガキのようにはしゃぐ金田中尉の様子を、葛之宮は唖然とした表情で眺めた。服も脱がずにうつ伏せに湯に沈んだせいで、葛之宮の全身はびしゃびしゃに濡れそぼっている。
 
 
「ふは、はっ、引っかかったな」
 
 
 目を細めて嬉しそうに呟きながら、金田中尉が両手を伸ばしてくる。その両手が葛之宮の頬を両側から挟む。濡れた頬を数度さするように上下に撫でてから、金田中尉が顔を寄せてくる。下唇を柔く舌先でなぞられる感触に、目の奥がカッと熱くなった。
 
 気が付いたら、金田中尉の胸の尖りに吸い付いていた。右側の尖りへと舌を這わしたまま、もう片方の尖りを指先で挟み込むようにして弄くる。尖りがピンと硬く立ち上がってくれば、軽く歯を立てて刺激を与えた。
 
 
「ん…、はは、でかい赤ん坊みてぇだな…」
 
 
 冗談じみた言葉を漏らして、金田中尉が咽喉を反らして笑う。胸を弄っていた手を下肢へと這うように下ろして、勃ち上がり掛けた陰茎を水中で握り締める。途端、金田中尉が息を呑んだ。
 
 
「赤ん坊に吸われても、ここをこんなに腫らすんですか」
 
 
 掴んだ陰茎を、親指と人差し指を円にしてゆるゆると上下に扱く。上下に手が動く度に、水面がちゃぷちゃぷと音を立てて波打った。は、は、と短く吐き出される金田中尉の荒い息遣いが聞こえる。
 
 
「葛之宮…なぁ、もっと強く…」
 
 
 強請るように金田中尉が額を葛之宮の胸元へと擦り寄せてくる。野生の獣が懐くような仕草に、愛しさが込み上げる。
 
 
「腰を浮かせて下さい」
 
 
 腰を両側から掴むと、金田中尉は促されるがままにゆっくりと腰を浮かせた。勃起した陰茎が水面から顔を覗かせると、葛之宮は躊躇わずに先端を口に含んだ。初めて男の陰茎を咥えるというのに、嫌悪も吐き気もちっとも感じなかった。
 
 舌先に弾力のある肉の感触を感じる。舌を裏筋へとピタリと貼り付けるようにして、ずるずると咽喉の奥まで呑み込んでいく。掴んだ腰骨がぶるりと震えて、金田中尉の咽喉から掠れた声が漏れ聞こえた。
 
 
「ん、あぁ…っ」
 
 
 傲岸極まりない男がこんな甘い声を上げているとは到底思えない。まるきり軍人の姿をした娼婦でも抱いているかのようだ。
 
 唇で陰茎を上下にキツく扱くと、金田中尉の肢体がまるで蛇のようにくねった。大きく開かれた足、その右踵が何度も水面を叩く。その度に派手な水音が鳴った。
 
 金田中尉は先端を弄られるのが特に好きなようだった。指先でぱくりと鈴口を左右に広げて舌先を捻り込むと、内腿をぶるぶると震わせて悶えた。鈴口の内側を執拗に舌でほじっていると、イヤイヤするように金田中尉が首を左右に打ち振る。陰茎が血管を凸凹と浮かび上がらせて、ピクピクといたいけに震えていた。
 
 
「ここ、痛いですか?」
 
 
 鈴口の周りを円を描くようにして指先でなぞりながら訊ねる。金田中尉は胸を荒く上下させながら、こくりと小さく頷いた。
 
 
「…痛、い…」
「痛いのは、好き?」
 
 
 更に問いを投げる。すると、金田中尉は一度目を大きく瞬かせた後、どろりと蕩けるような笑みを浮かべた。快楽に溺れ切った淫猥な目だ。
 
 
「ふ、ふ…すき、だ」
 
 
 娼婦、淫乱、尻軽、と頭の中で幾つもの罵声が飛び交う。あまりにも醜く、浅ましい金田中尉の本性に、鳥肌が立つ。気色悪い。反吐が出そうだ。それなのに頭とは真逆に、下腹部の熱は膨らんでいく。この泥袋のような身体に、今すぐ精液を注ぎ込んで、もっともっと汚してやりたいと望んでしまう。脳味噌と身体とが一致しない。
 
 衝動のままに、涎を垂らす鈴口へと爪をキツく立てていた。痛みと快楽に金田中尉が目を剥いて、背を仰け反らせる。
 
 
「ひッ…ぃ、あぁアあッ!」
 
 
 嬌声と共に鈴口から白濁した液体が飛び散る。吐き出された精液が金田中尉の胸元を汚していく。金田中尉の絶頂は長かった。勢いがなくなっても、精液はだらだらと陰茎を伝うようにして鈴口から溢れ出している。引き締まった下腹がビクッ、ビクッと断続的に痙攣を続けていた。
 
 
「随分と、多いですね。溜まってたんですか」
 
 
 腹を汚す白濁を指先で掬い取りながら、金田中尉へと問い掛ける。金田中尉は、ふー、ふーッ、と死にかけの犬のような呼吸を繰り返しながら、薄く目を開いて葛之宮を見た。その唇が笑みに歪む。次の瞬間、股間に軽い圧迫を感じた。金田中尉が右足裏で葛之宮の股間を踏み付けている。
 
 
「溜まってんのはどっちだよ。触ってもねぇのに、こんなにデカくしやがって」
 
 
 揶揄しながら金田中尉は、葛之宮の股間を足の指でもみ込むように刺激してくる。更に膨らんだ性器が濡れたズボンに締め付けられて痛む。息を浅く吐き出しながら、葛之宮は金田中尉の顔を覗き込んだ。
 
 
「溜まってますよ。貴方としてから、一度も抜いてないんですから」
「天都に着いたら、娼婦でも買えよ」
「娼婦より貴方としたい」
「俺は娼婦じゃねぇぞ」
「解っています。でも、貴方がいい」
 
 
 呻くような声音で漏らす。金田中尉は一瞬胡乱げな眼差しで葛之宮を見上げた。その言葉の意味を解っていない眼差しに、切なさが込み上げる。
 
 惨めな気持ちを押しやるように、衝動的に金田中尉の後孔へと中指を捻り込んでいた。七日ぶりなせいか、後孔は以前と同じようにキツく窄まっていた。
 
 
「ぐゥ、んん…」
 
 
 痛みを感じているのか、金田中尉が腰を左右にくねらせる。腰骨を掴んで固定したまま、葛之宮は容赦なく二本目の指を突き入れた。狭くキツい肉壁を無理矢理二本の指でほぐしていく。
 
 
「ぅ、ァ…湯が、なか…にっ」
 
 
 指の隙間から体内へと湯が入ってきているのか、金田中尉が怯えたように葛之宮の腕へと手を伸ばす。金田中尉の腕を片手で掴んで、促すように自身の胸元へと寄せた。
 
 
「服、脱がせて下さい」
 
 
 囁くと、金田中尉の指先が小さく震えた。だが、その指先は震えながらも、葛之宮の服へと従順に伸ばされる。ボタンを一つずつ外して、濡れた皮膚から上着を剥ぎ取っていく。
 
 その間に、三本目の指を内部へと潜り込ませていく。きゅうきゅうと締め付けてくる熱い肉筒に、知らず熱い吐息が零れる。注ぎ込まれた湯を擦り付けるようにして粘膜を嬲ると、金田中尉が「あ、あッ」と小さな声を漏らした。
 
 耐えられなくなったように、性急な手付きで葛之宮のベルトを外そうとする。水音に混じって、ガチャガチャと金属が触れ合う音が響いた。
 
 
「くずっ…くずの、みやッ…はやく、挿れろ…ッ!」
 
 
 半泣きで怒鳴り付けているような声に、目蓋の裏が真っ赤に染まる。ベルトに絡まる金田中尉の手を引き剥がして、下衣から完全に勃起した陰茎を取り出す。後孔から指を引き抜くのと同時に、陰茎の先端をぐっと窄まりへと押し付けた。腰に力を入れて、先端をずぶりと中へと押し込む。後は腰骨を鷲掴んで、中程まで一気に沈み込ませた。
 
 
「ぁ、アアぁあぁっッ――ぐぅ…ッ!」
 
 
 鋭い絶叫を、咄嗟に片手で金田中尉の口元を覆って押し殺す。叫ぶ唇を掌で押さえたまま、窄まる後孔を強引に奥まで開いていく。七日ぶりに味わう粘膜の感触だった。熱く湿っていて、奥に進めば進むほどキツく絡み付いてくる。
 
 熱っぽい息が唇から漏れ出る。下半身から脳天まで快楽が麻薬のように這い上ってくる。そこには肉体的な快感だけでなく、精神的な恍惚もあった。あの金田中尉を犯している、自身の性器でねじ伏せている、という仄暗い恍惚が。だが、薄汚い優越感の底には、拭い切れない悲しみもある。悲しみと、捨てられない恋心が。
 
 
「もう少しで、奥まで全部入りますから…」
 
 
 宥めるように耳元へと囁く。金田中尉の右膝裏を掴んで、胸元までグッと持ち上げる。同時に腰を一気に突き上げた。奥深くまで貫かれた衝撃に、金田中尉の咽喉が掠れた悲鳴を上げる。
 
 
「ンんぐぅヴぅッ!」
 
 
 まるで剣でも串刺しにされたかのように硬直していた身体から、徐々に力が抜けていく。だらりと脱力した金田中尉の口元から掌をどかす。金田中尉は、葛之宮の陰茎に貫かれたまま、胸を大きく上下させている。
 
 視線を下へと落とすと、金田中尉の後孔に深々と自身の陰茎が突き刺さっているのが見えた。皺もなくなるくらい限界まで広がった後孔がヒクヒクと戦慄いている。その上に見える、金田中尉の性器は萎えてはいなかった。むしろ、その先端からは滴るほどに先走りが滲み出ている。
 
 
「犯されて、気持ちいいんですか」
 
 
 それは問い掛けというよりも独り言に近かった。竿を伝う先走りを人差し指で掬い取って、先端へと擦り付ける。すると、金田中尉の身体が大きく跳ねて、葛之宮を咥え込んだ後孔がきゅうっとキツく締まった。途端に、味わうように中の粘膜が蠕動し始める。ぐにぐにと蠢きながら陰茎に絡まり、ご馳走だと言わんばかりにしゃぶり付く。これで二回目とは思えないほどの歓迎ぶりだ。
 
 金田中尉が上の空な様子で、淡く唇を開く。
 
 
「ん…中が…」
「中が?」
「ぢんぢん、する」
 
 
 わざとなのか、それとも何の考えもなく吐き出した言葉のなのか解らない。金田中尉は両腕を伸ばすと、葛之宮の首に絡めた。
 
 
「早く、なか、擦ってくれよ…」
 
 
 掠れた声が聞こえた瞬間、腹の底から熱がぐんっと込み上げた。金田中尉の身体を引き寄せて、膝の上へと向かい合うように乗せる。両膝裏を両腕に抱えて、下から一気に突き上げた。途端、結合部がぐぢゅん!と湿った音を立てる。
 
 
「あ、ぅアぁあぅァッ!」
 
 
 激しい律動に乱されて、琺瑯桶の中で水が暴れ狂う。それに構わず、熱い体内を下から思う存分掻き回した。奥まで潜る度に、きゅうきゅうと熱烈に締め付けてくれる粘膜に頭の中が真っ白になる。
 
 イイところを先端でグリグリと擦る度に、金田中尉は気が狂ったような甲高い悲鳴を上げた。その声に、ひやりと背筋が冷える。
 
 
「中尉、声が…」
 
 
 こんなに大きな声を上げていたら、下にいる天道たちにも筒抜けなのではないだろうか。そう危惧する葛之宮に対して、金田中尉は周囲にはばかることなく嬌声を上げ続ける。
 
 
「あー…奥、ぅんッ…おぐ…ッ!」
 
 
 金田中尉の唇から漏れ出る言葉は、既に意味を成していない。その甘く強請る声に、葛之宮は頭を過ぎった不安を忘れることにした。どうせ散々喘ぎまくった後だ。今更取り繕ったところで仕方ない。
 
 
「奥にもっと欲しいですか」
 
 
 そう訊ねると、金田中尉の唇が柔らかな弧を描いた。快楽に溶け切った笑顔を浮かべて、葛之宮の頬へと擦り寄ってくる。その可愛らしい仕草に応えるように、葛之宮は金田中尉の身体を一気に膝の上まで落とした。
 
 
「ぁ、グぅヴ…!」
 
 
 奥まで先端が届いて苦しいのか、金田中尉が呻く。そのまま先端でゴリゴリと掘削するように奥を抉ると、金田中尉の唇から涎が零れた。
 
 
「…んあ、ァあぁあっ…」
 
 
 金田中尉の下腹がビクビクと狂おしく震えていた。絶頂が近いのだろう。奥を重点的に叩くようにして激しい律動を行うと、金田中尉の両手が藻掻くように葛之宮の背を掻き毟った。その痛みすらも今は心地よい。
 
 
「は、…溶けそ…」
 
 
 吐息に混じって独り言が零れた。熱で頭の芯がぼやけていく。そうして、一番奥に先端がゴツッとぶち当たった瞬間、下腹部で熱が弾けた。陰茎が脈打って、尿道から金田中尉の体内へと精液が叩き付けられる。
 
 
「ゥあ、あァァあぁッ!」
 
 
 中に出されているのに感じたのか、金田中尉も殆ど同時に達していた。視線を落とすと、金田中尉の陰茎が震えながら白濁を吐き出しているのが見える。葛之宮は金田中尉の腰骨を鷲掴んだまま、最後の一滴まで奥に注ぎ込んだ。
 
 
「…ふ」
 
 
 ようやく熱が遠ざかっていく感覚に、短く息が漏れた。金田中尉も天井を見上げるようにして、荒い息を付いている。
 
 中から抜いてもなかなか傍を離れる気になれず、ぐずぐずと金田中尉の首筋へと唇を寄せた時、不意に呆れたような声が聞こえた。
 
 
「私は、汚れを落として下さいとは言いましたが、二人で水遊びをしろとは言っていませんよ」
 
 
 視線を上げると、扉に寄り掛かるようにして立っている天道の姿が見えた。咄嗟に、隠すように金田中尉の身体を抱き締める。金田中尉が葛之宮の肩越しに天道を見て、小さく笑い声を漏らしていた。
 
 
「遊びに混ぜて欲しかったのか?」
「そうですね。声だけ聞かされるぐらいなら、いっそ混ぜて貰った方が良かったかもしれません」
「ふ、はは、お前はダメ。混ぜてやらない」
 
 
 まるっきり意地の悪い子供のような台詞を言って、金田中尉が葛之宮の肩に唇を押し付けて笑う。その震動が皮膚ごしに伝わってくる。
 
 
「意趣返しのつもりですか?」
「とんでもない。神聖なる皇族様を、このような下賤の遊びに混ぜるなんて恐れ多くて出来ないというだけですよ」
 
 
 わざと物々しい言い方で金田中尉が呟く。天道は口元を扇子で覆い隠してはいるが、その目元は苦々しく歪んでいた。
 
 
「心底、下品な遊びですね」
「あんたが俺達を使って遊んでるのは下品じゃないのか?」
 
 
 間髪入れずに金田中尉が言い放つ。口調は柔らかだが、その目は笑っていない。
 
 
「敵兵を刺し殺したことも、助けてくれと泣き叫ぶ味方を見殺しにしたこともねぇくせに、一丁前に戦争屋を気取りやがって。次は俺たちを使って英雄ごっこか。皇族様の遊びは随分とお上品でいらっしゃる」
 
 
 金田中尉の口から溢れ出す皮肉に、葛之宮の方が冷汗をかき始める。
 
 
「金田中尉、それぐらいに…」
「思い上がるな、天道光一。自分の手の内を隠し続けたまま、手前の国の猿がいつまでも思い通りに動くと思ったら大間違いだ」
 
 
 つぅか、見せ物小屋の猿が交尾したぐらいで、ぐだぐだ文句垂れてんじゃねぇよ。と金田中尉は最後に中指まで立ててみせた。その不敵な仕草に、葛之宮は咄嗟に金田中尉の腕を掴んでいた。中指を立てた手を無理矢理降ろしながら、上擦った声を上げる。
 
 
「中尉、言い過ぎです…ッ」
 
 
 葛之宮の焦燥の声を聞いても、金田中尉は顔色一つ変えなかった。ただ興味なさそうに葛之宮の顔をちらりと眺めただけだ。
 
 
「もう貴方は中尉ではありませんよ」
 
 
 気が付いたら、背後に気配があった。天道が背後にしゃがみ込んで、相変わらず真意の読めない笑みを浮かべている。金田中尉が、はっ、と短く嘲りを漏らす。
 
 
「つまり?」
「金田幹、これより貴方を東国軍 独立機動第1師団少佐に任命します」
 
 
 罷免を命じられるかと思っていたが、予想に反して天道が口に出したのは昇進の言葉だった。金田中尉――金田少佐が葛之宮の腕の中で大きく溜息を吐く。
 
 
「また、面倒ごとを押し付けるつもりか」
「まさか。これは私からの賞賛とお礼とでも思って頂ければと思います」
「クソみてぇな賞賛と礼だな。そんなもん豚にでもくれてやれ」
 
 
 金田が頭痛でも起こしたかのように、額を掌で覆う。肩越しに恐る恐る振り返ると、天道と目が合った。
 
 
「あぁ、ご安心下さい。勿論、貴方も二階級特進ですよ。おめでとうございます、葛之宮大尉」
 
 
 ちっとも嬉しくない昇進というのは、このことだろう。評価されての昇進というよりも、無理矢理肩書きを押し付けられたような感覚だった。二階級特進という言葉も不愉快極まりない。殉職したわけではないが、その言葉だとまるで戦死した仲間達の魂を踏み台にして、金田と葛之宮が昇進したかのように思える。実際、そうなのかもしれないが…。
 
 不快な感情が込み上げてくるのを堪えつつ、葛之宮はゆっくりと唇を開いた。
 
 
「それで、私たちを昇進させて、どうするつもりですか」
「どうする、とは?」
「金田中…金田少佐のおっしゃった通り、貴方はずっと自分の手の内を隠し続けている。以前のお約束通り、貴方の真意を教えて頂きたい。貴方は、この国を“どうする”つもりなのか」
 
 
 噛み付くような葛之宮の口調に、天道が目をすぅっと細める。まるで狐のような瞳が葛之宮と金田を値踏みするように見つめていた。パチッと音を立てて扇子が閉じられる。閉じられた扇子の向こう側から、三日月型に湾曲した唇が見えた。
 
 
「神殺し」
 
 
 まるで歌の題名のように、たおやかな声音で天道は囁いた。
 
 
「私は、この国の神を殺すつもりです」
 
 

backtopnext

Published in 地平の戦争

Top