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55 極悪

 
 会食は静寂から始まった。
 
 揚羽や夏茜が素早く動いて、机の前に座った各人の前に料理を置いていく。じゃがいもと豆の汁、麦が混じった飯、青菜の漬け物、それから塩で炒めただけの鶏肉と野菜だ。皇族と華族がいる会食とは思えないほど質素な食事だった。
 
 誰も話さず、食器と箸が動く音だけがやけに大きく響く。最初に沈黙を破ったのは金田だった。
 
 
「重田アサトという子供がいる」
 
 
 そう言ったきり、言葉を続けずに金田は青菜の漬け物を奥歯のあたりに放り込んだ。シャクシャクと小気味の良い音が金田の頬の内側から聞こえてくる。
 
 
「その子供のことは把握しています」
 
 
 天道がお茶を飲み込んでから、長閑な声で続ける。
 
 
「重田アサトをどのようにするのが望みですか?」
「あれを俺の養子に」
 
 
 言葉少なな金田の要求に、葛之宮は咄嗟に目を大きく開いた。金田はアサトとの約束を本当に守るつもりだったのか。
 
 
「承知しました。そのように手配しておきましょう」
「それと袴田の妻には手厚い慰安を施せ。出来うる限り最大限のな」
「…勿論、そのつもりです」
 
 
 僅かにバツが悪そうな顔で天道が頷く。だが、その頷きは深い。金田が伏せていた視線を持ち上げる。
 
 
「連れて帰った部下たちは、全員俺の部隊に配属させろ。軍を辞めたいものは辞めさせる。残った者たちは俺の指揮下に置く」
「構いません。他には」
「最後の望みは、また後日言う」
「後日?」
 
 
 将子が首を傾げる。
 
 
「今言っても意味がないことだ」
 
 
 そう言い切るなり、金田は味噌汁をずずと啜って黙り込んだ。
 
 また、沈黙の食事が始まる。食後に饅頭が二つずつ出された。半分に割ると、それぞれ白あんと黒あんだった。饅頭の一つを齧った金田が嫌そうに顔を顰める。見ると、白あんだった。
 
 
「白あんは嫌いですか」
「ねちっこい味がするからな」
「こちらに寄越して下さい」
 
 
 一口齧られた饅頭を金田から受け取る。代わりに葛之宮の皿に置かれていた黒あんの饅頭を金田の皿へと置いた。金田の食べかけの饅頭を口へと放り込んだ時、ふと将子の眼差しに気付いた。
 
 
「驚いたな、君たちは本当に懇ろな仲なのか」
 
 
 将子の予想外な台詞に、金田が大きく噎せた。咳を繰り返す金田の背をさすると、その手を振り払われた。ようやく咳が収まった金田が噛みつくように声をあげる。
 
 
「なんだ、その懇ろって言うのは」
「君たちは男同士だが寝てるんだろ。天道から聞いている」
 
 
 金田がキツく天道をねめつける。だが、事実故に反論ができず、ただ悔しそうに奥歯を噛んでいた。微かに唸る金田の代わりに、葛之宮は口を開いた。
 
 
「確かに寝ましたが、懇ろではありません」
「では、単なる性欲処理か」
 
 
 将子の不躾な言葉に、カッと頭に血が昇るのを感じた。眦を吊り上げて、将子を睨み付ける。
 
 
「貴女にそのようなことを言われる筋合いはありません」
 
 
 吐き捨てると、将子はゆっくりと机に肘を付いた。組んだ両手の甲に顎を乗せて、ほんの少しだけ柔らかな声で語りかけてくる。
 
 
「すまない、君たちのことを知りたかったんだ」
「上官と部下が寝てるのがそんなに知りたいことですか」
「違う、君たちの関係を知りたいんだ」
 
 
 不意に、葛之宮はハッと息を呑んだ。実際、金田と自分の関係は一体何なんだろうと思う。ただの上官と部下か、身体だけの関係か、それとも何か別の関係性が定義できるのか。
 
 金田が饅頭を噛みながら、鼻であざ笑う。
 
 
「もうひとつ望みを追加だ。他人の私的関係に首を突っ込むな」
「望みが無限大に増えていくな。まぁ、いいさ。本題に入ろう」
 
 
 将子が区切りを付けるように手を打ち鳴らす。
 
 
「私たちの最終的な目標は先程言ったとおり、天子様と板東大公を暗殺し、西国軍との徹底抗戦を終わらせること」
「西国が終わらせてくれると思うか? 今更和解してくれるほど西国は馬鹿じゃねぇぞ。和解するよりも戦って奪い取った方がよっぽど利益になるからな」
 
 
 じゃなきゃ戦争なんか始まらなかった。とばかりに金田が現実的なことを言う。それに対して、将子は緩く首を左右に振った。
 
 
「勿論、西国が和解を受け入れるとは思わない。ならば、我々がとる方法は一つ。他国との協力協定を結び、西国が東国に手出しできないようにすることだ」
 
 
 将子の言葉に、ふと頭の中に世界地図が浮かんだ。北と南に位置する大国の姿が。
 
 
「北国か南国と協定を結ぶということですか」
 
 
 北国は極寒の土地にある国だ。軍事産業と機械開発が盛んだが、閉鎖的な国でもある。対して南国は暖かい地域の国で、農業や畜産に優れていた。国柄も開放的で、他国からの留学生を受け入れることも多い。
 
 葛之宮の問い掛けに、将子は頷いた。
 
 
「結ぶとしたら北国だろう。北国はもともと西国とは犬猿の仲だ。東国に手を貸してくれる確率も高い」
「だからといって、東国と仲が良いわけでもねぇだろ。そう上手くいくか」
 
 
 金田が投げやりな口調で言う。将子が決意の声で言い返した。
 
 
「上手くいかせる。それが我々の役目だ」
 
 
 言い切る将子を、金田が僅かに荒んだ眼差しで見遣った。疑るというよりも、それは他人の決意を憎んでいる眼差しに思えた。
 
 
「だが、俺たちがせっせと神殺しを企んでいる間も、西国軍は攻撃の手を緩めはしないぞ。お前たちも解っているだろう。兵士の数も武器の数も、俺たちは圧倒的に西国より劣ってる」
「武器は私がどうにかしましょう」
 
 
 天道が答える。
 
 
「どうにかするとは」
「既に工場を幾つか建設しています。職人も集めました。既に日夜問わず稼働して、量産体制に入っています」
 
 
 おそらくは皇族の力を限界まで利用しての行動だろうことは予想できた。だが、極力争いごとには関わらないとされている皇族が武器工場を立てるとは、万が一他の皇族に知られれば問題視されることは間違いないだろう。
 
 
「兵士の不足に関しては」
 
 
 金田の再度の問いに、天道も将子も口を噤んだ。
 
 現状年頃の男はほとんど徴兵している。長男以外の男、身体の脆弱な者以外、十八から一番上は五十まで、国土から根こそぎかき集めても、まだ足らないのだ。
 
 葛之宮は僅かに視線を伏せた。だが、その瞬間、視界の端に映った。金田の咽喉が微かに上下するのを。物言いたげに震え、だが一瞬思いとどまるようにのど仏が静かに動く。
 
 その瞬間、解った。解ってしまった。金田が言わんとしている事が。口に出そうとして、躊躇った理由も。あまりにも残酷で、恐ろしい。それを口に出せば、死ぬまで罪を背負い続けなくてはならない。この国の歴史に名を残す極悪人となる。
 
 次の瞬間、金田の口が淡く開いた。だが、それを遮るように葛之宮は言った。
 
 
「徴兵年齢を十八から十五まで下げましょう。また、女性も徴兵します。後方支援だけでなく、若年層も女性も一般兵と同じように前線へ出します。これでかなり兵士不足は緩和されるかと」
 
 
 自分でも驚くほどに事務的な声だった。指先がちりと震える。堪えるように机の下でキツく拳を握った。金田が葛之宮を見ている。それなのに、葛之宮は金田の方を見れなかった。金田がどんな表情をしているのか知りたくなかった。
 
 
「……その意味を、貴方は解って言っているのでしょうね」
 
 
 天道が小さな声で呟く。それは諦めの声にも、嘆く声にも聞こえた。唾棄したい思いが込み上げるのを感じながら、葛之宮は唸るように言った。
 
 
「天道殿が以前言いましたよね。僕は百を犠牲に出来ず、千の兵士を死なせると。だから今、百を犠牲にすることを選びました」
 
 
 その犠牲になる百がどんな人間なのかも葛之宮は解っている。まだ小さな少年、子供を生み育む女性、何の罪もない者たちに、銃弾を、砲撃を浴びせる選択を葛之宮はした。宙を舞う小さな手足を思うだけで、歯の根が鳴りそうになる。指先はとうに冷え切って、感覚がない。
 
 天道も将子も黙り込む。不意に、腕を掴まれた。
 
 
「来い」
 
 
 立ち上がった金田が葛之宮の腕を引っ張って、部屋の外へと出て行く。それを止める声も聞こえなかった。廊下を暫く歩き、空き部屋を見つけると、まるで投げ捨てるように葛之宮を中に放り込んだ。たたらを踏んで、ようやく金田の顔を見る。
 
 途端、左頬に衝撃が走った。今度は堪える余裕もなく、畳の上を転がった。殴られた左頬から焼けるような痛みが込み上げてくる。奥歯を噛んで、顔をすぐに上げた。見上げると、憤怒に歪められた金田の顔が視界に映った。
 
 
「手前、何のつもりだ」
「何のことですか」
「俺の言葉を奪ったな」
 
 
 その言い方に、思わず口元に嘲りが滲んだ。小憎たらしい表情に苛立ったのか、金田が葛之宮に馬乗りになって胸倉を掴んでくる。グッと締められると、息苦しさに胸が大きく上下した。
 
 
「俺が言うべきだった」
「誰が言おうと同じです。結果は変わりません」
「手前は解ってるのか。さっきの言葉は、これから法令になる。法令になれば、国史に残る。お前が発言したと歴史に残るんだ」
「だから、何だと言うんですか」
 
 
 葛之宮は噛み付くように言い返した。胸倉を掴む金田の手を振り払おうとする。だが、金田は葛之宮を離そうとはしない。
 
 
「お前は、自分がこの国一番の悪党だと罵られることになるのが解ってるのか。戦争の間は英雄だと誉め讃えられるだろう。だが、もし戦争が終われば、お前は一気に極悪人に成り下がる。お前の言葉のせいで我が子を失った、女房を失ったと責める者が大挙して押し寄せる。不名誉は子々孫々まで引き継がれ、永遠に拭えない」
 
 
 懇切丁寧に説明する金田の様に、余計に嗤いが零れてくる。笑みを深める葛之宮を見て、金田が一瞬だけ咽喉を上下に震わせた。まるで怯えているように。
 
 
「誰かが残酷な選択をしなくてはならない。それが偶然、僕の番だっただけです」
 
 
 小さな子供に言い聞かせるような口調でそう囁く。
 
 
「それを選択するのはお前じゃなかった」
「いい加減、終わったことに対して駄々を捏ねるのは止めて下さい。貴方が何と言おうが、僕を今ここで殴り殺そうが、もう事実は覆りません。兵士を増やさなければ、東国は間違いなく負ける。戦争が長引けば長引くほど民は死んでいく。だから、どんな残酷な方法を選んででも、この戦争を終わらさなければならない」
 
 
 葛之宮の淡々とした言葉に、金田の拳からゆっくりと力が抜けていく。胸倉から離れた金田の手が空中で固まっているのが見えた。その硬直を見つめながら、葛之宮は静かな声で告げた。
 
 
「少佐、僕は戦争が嫌いです。もし戦争が人間の形をしてるなら、何万回刺し殺してやっても足らないほどだ」
 
 
 吐き捨てて、ゆっくりと起き上がる。表情もなく葛之宮を見据える金田の目を見返して、葛之宮はそっと囁いた。
 
 
「早く、一秒でも早く、戦争を終わらせましょう」
 
 
 金田は何も答えなかった。ただ、僅かに赤く腫れた葛之宮の左頬を眺めていた。
 
 

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Published in 地平の戦争

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