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05 口の端が切れた *R-15

 
 抱きたくて堪らない。
 
 心臓の根底から突き上げてくる衝動に、身体が乱される。まるで渦に巻き込まれたように、意識が混濁し、飽きもせずぐるぐると同じ言葉を繰り返す。抱きたい。抱きたい。キスの合間に必死で呼吸を繰り返すこの馬鹿犬を抱き殺してやりたい。口内で軟体動物のように動き、時折躊躇うように引っ込む舌を根元から噛み千切ってやりたい。反らされる首に噛み付いて、咽喉仏を噛み砕いてやりたい。腹に突っ込んで、性器で内臓を抉ってやりたい。凶暴さと紙一重の欲情に、目が眩む。
 
 障害物を乗り越えたのか、車体が小さく跳ねる。その隙に離れた唇の合間から、犬がひゅっと咽喉を鳴らして酸素を吸い込んだ。
 
 
「まき、…さっ…」
 
 
 口角から血混じりの涎を垂らしながら、犬が必死に名前を呼ぶ。ついさっき奥歯を折られた事も忘れたかのように、その瞳は潤みながら真樹夫を見詰めている。溶けた犬の瞳に滲んでいるのは、紛れもない【誘惑】だ。普段は色気など一切感じられない程の糞阿呆のくせに、一体何処にこれほどまでの色香を隠していたのだろうかと疑いたくなるほどの、粘つくような妖艶さだった。殴られた頬は腫れ上がり、犬の左顔面を醜く崩している。元々見目の良い顔立ちではなかったが、それが二割増しで不細工になっている。それなのに、どうしてだか堪らなくそそられる。腐る寸前の花にも似た香しい臭気が犬の肢体から立ち昇っている。
 
 香りに誘われるように、湿った唇に吸い付けば、途端犬が腹ペコで堪らないとでも言いたげに真樹夫の口腔に舌を突っ込んできた。舌を積極的に絡ませてきて、真樹夫の唾液を極上のワインのように咽喉を鳴らして飲み込む。血の味のするキスは悪くはなかった。
 
 革製のシートの上で、犬の足が小さく跳ねる。その太股を押え付けて、ピッタリと身体を押し付ける。途端、犬の目が驚愕に見開かれた。重ねた下半身は、既に勃ち上がっている。固くなった性器を衝動のまま犬のソレにズボン越しに擦り付ければ、犬が顔面を青褪めさせて、息を呑むような悲鳴を上げた。
 
 
「まッ……なっ…!?」
「とめぇ」
 
 
 非難するような犬の声を放り出して、運転手へと吐き捨てる。ガチガチに固まった運転手が途端素っ頓狂な声をあげた。
 
 
「え、ぇ、ですが、まだ御自宅では…」
「ええけぇ、はよ止めろや。俺らは降りる」
 
 
 戸惑う運転手に、最後は殆ど怒鳴りつけるようにして車を止めさせた。惚けた面をした犬を引っ張り出して、そのまま歩き出す。掴んだ手首から、犬の脈動が伝わって来る。熱くて強い血の鼓動。
 
 
「真樹、夫さん! 何処っ、行くんっすか!」
 
 
 困惑に占められた犬の声。殆ど引き摺られるようにして歩く犬が時折抗うように足を踏ん張る。真樹夫が何をしようとしているのか無い頭なりに薄々予感しているのだろう。安っぽいネオン街を大股で歩きながら、目に付いたビジネスホテルへと足を進めれば、途端犬が悲鳴に近い声を張り上げた。
 
 
「嫌です!」
「黙れ」
 
 
 拒絶の言葉を即座に跳ね除ける。だが、同時に横っ面を張り飛ばされたような驚愕が真樹夫の体内を駆け抜けた。犬が拒否するとは全く考えていなかった。こいつなら大人しく抱かれるだろうし、自分に殺されても文句一つ言わないだろうという自負があった。それなのに、犬は拒絶したのだ。懐いていると信じ切っていた犬に、後ろ足で土をかけられたような惨い心地だった。心臓がじくりと疼く。
 
 横目で犬を見遣れば、犬は泣き出しそうな顔をしていた。噛み締めた下唇から、薄っすらと血が滲んでいる。それでも犬は主人の黙れという言い付けを必死になって守っている。真樹夫が握り締めた手首が、微かに震えていた。ホテルのフロントで遣り取りをしている間も、犬の震えは収まらなかった。
 
 部屋に入った途端、犬が真樹夫の手を振り解く。そうして、真樹夫から距離を取ったかと思うと、くしゃりと顔を歪めて、か細い声をあげた。
 
 
「真樹夫さん、俺とセックスするんっすか?」
「したくないんか?」
 
 
 今度は真樹夫の方が目を剥いた。まさか犬が自分とセックスしたくないとは考えたこともなかった。それならば、何故キスを拒まなかった。自ら舌を絡めてきたのは誰だ! 首に腕を回して、抱きついてきたのは御前だろうが!と詰る気持ちが一気に込み上げてきて、素っ頓狂な声とは裏腹に、拳が勝手に動いていた。犬の歪んだ横っ面を殴り飛ばす。犬が鈍い悲鳴を上げて、床に横薙ぎに倒れ伏すのを茫洋と見ながら、真樹夫は自身が酷く情けない顔をしている事に気付いた。眉がハの字にへし曲がって、唇が半開きになって、丸っきり裏切られた人間の顔だ。
 
  
―――この犬は、俺のことを好いてはいないのか。
 
 
 そんな疑問が胸の内を過ぎった瞬間、杭でも刺されたかのような痛みが心臓を駆け抜けた。左掌で胸を抑えて、自問自答する。まさか、傷付くなんて嘘だろう。何で傷付く必要がある。こんな馬鹿犬に好かれていないからって何だ。再びゴミ捨て場にでも打ち棄てればいい。苛立つなら、コンクリでも抱かせて海に放り込めばいい。気晴らしなんか幾らでもある。それなのに、それらのどれ一つも自分は行えないだろう事も感覚的に理解していた。それが何故なのか、真樹夫には解らないが。
 
 
「御前は、俺のことが嫌いなんか?」
 
 
 空気の抜けるような声が出た。床に倒れた犬が二度も蹴り殴られて、惨く腫れ上がった左頬を掌で押さえながら、首を小さく左右に振る。
 
 
「そんな、じゃない、っす…」
「なら何や。何で俺とセックスしとうない」
「真樹夫さんが言ったんじゃないっすか」
「は?」
「御前とはセックスしたくないって。俺はペットだから、セックスしない、って」
 
 
 数週間前、馬鹿犬が泣きながら告白してきた――正確には告白させたのだが――時のことを思い出す。そうだ、確かにその時、自分は犬とはセックスしないと言った。犬の癒しを失いたくなかったからだ。一度でも性欲処理のために使ってしまえば、それは犬ではなくて単なる道具になってしまう。だから、セックスはしたくないと言った。
 
 だが、一度犬に触れて、その裏側の色香を感じてしまえば、そんな考えは一瞬で頭から消えてなくなってしまった。ただひたすら飢えるように、犬に触れて、喰らい尽くしてしまいたいと望んだ。
 
 こんなのは、自分らしくないと自分自身で自覚している。今までどんな女を抱いたって、こんな全身が渇望するような衝動に襲われたことはなかった。お笑い種だ。何故、どうして、よりにもよってこんな馬鹿犬に対して、自分が抑えがたい程の欲を感じなくてはならない。何故、何故、答えなんて出やしない。
 
 
「セックスしたら、俺はペットじゃなくなるんっすか? 俺、おれ、必要なくなっちゃうんっすか?」
 
 
 上擦った声をあげて、犬が縋るように真樹夫を見上げる。その唇の端に薄っすらと血が滲んでいた。その顔を唖然と眺める。
 
 
「何言うとんや御前…」
「おっ、俺、いやです。抱かれたら、おれはペットじゃなくなっちゃうっす。おれは、抱かれて、ほかの女みたいに捨てられんのは嫌です。そんなんだったら、一生ペットのままがいいです。ペットでいさせてください。お願いします。お願いします。俺をペットのままでいさせて下さい。俺を女にしたりしないでください」
 
 
 薄汚れた絨毯に額を擦り付けて、犬が掠れた声で懇願を繰り返す。繰り返される言葉を聞いて、真樹夫は呆然とした。唇を半開きにしたまま、小刻みに肩を震わせる犬を見下ろす。余りにも見当違いな犬の考えに苛立つを通り越して呆然とするしかなかった。
 
 
―――捨てるわけがない。捨てられるわけがない。
 
 
 不意に脳裏を掠めた言葉は、結局咽喉の奥で縺れて出て来なかった。そもそも自分がどうして目の前の犬を捨てられないのかも真樹夫には理解出来なかった。唇を数度戦慄かせて、犬には気付かれないよう震える息をそっと吐き出す。
 
 
『それじゃあ、俺は一体どうすればいい』
 
 
 そんな情けない言葉が頭の中でぐちゃぐちゃに絡まり合う。俺は抱きたい。この愚鈍な犬を抱きたくて堪らない。腹に性器を突っ込んで、滅茶苦茶に犯してやりたい。だが、犬は抱かれたくないと言う。俺の事を好いているくせに抱かれたくないと言う。女ではなく愛玩動物のままでいさせてくれと懇願する。
 
 それじゃあ、俺はこの馬鹿犬を女にしてしまいたいのか。違う、そんなわけがない。こんな不細工、脳味噌すっからかんの救いようのない阿呆を、わざわざ女になんかにするものか。そんな事をしなくても、一声掛ければ遊べるだけの女は無数にいる。だったら、俺は一体この犬をどうしたい。抱いて、何にしたい。そもそも、俺はこの犬のことを何だと思っているのだろうか。前までは単なる従順なペットだった。だが、今は―――?
 
 脳味噌がバチンと音を立ててショートしてしまいそうだ。今まで遭遇した事のない感情が胸の内側で暴れ狂う。息苦しさにも似た狂おしい感情だった。
 
 
「御前は、ペットのままでおりたいんか」
「はい」
「御前にとって、俺は何なんや」
 
 
 無意識に唇から言葉が零れ落ちていた。絨毯に額を押し付けていた犬がハッと顔を上げる。真樹夫を見上げるその瞳には僅かな怯えが滲んでいた。犬は一度震える唇を噛み締めて、それから真樹夫から目を逸らして呟いた。
 
 
「真樹夫さんは…俺の恩人で、俺の飼い主っす…」
 
 
 その言葉を聞いた瞬間、足元が急に不安定になった。床がなくなって、身体が底なしの穴に吸い込まれていくような感覚に陥った。それでも、唇だけは冷静に「そうか」と返しているのだ。
 
 そうか、そうか、そうなのか、御前にとって俺は恩人で飼い主か。それ以上でもそれ以下でもなく、結局はその程度なのだ。犬の『好き』は結局その程度でしかなかった事なのだ。こいつは俺のことを『恩人』として、『飼い主』として好きなだけなのだ。それ以上でもなくそれ以下でもなく、犬にとって俺は≪その程度≫。ちっぽけな、社交辞令のような好き。捨てられたくないだとか面倒臭い言い訳を言っているが、結局の所、御前は『俺の女』になりたくないだけなのだ。所詮『恩人』で『飼い主』でしかない男の女にはなりたくないと言っているだけなんだろう?
 
 唇の端に失笑が滲んだ。この程度のことにショックを受けている自分を嘲笑いたい気持ちでいっぱいだった。何故こんなにも酷くショックを受けているのか自分でも理解不能だった。別にこんな糞犬に好かれようが好かれまいがどうだって良いじゃないか、と頭の中では繰り返しているのに、心臓の痛みは止まらない。脈動に合わせて、ずくんずくんと切り付けて来る。傷付けられた。俺は、こんな馬鹿犬に傷付けられた。
 
 そう思った瞬間、何もかもが止まらなくなった。気付いたら犬の頭部を、まるでサッカーボールのように蹴り飛ばしていた。足の甲に犬の鼻頭が潰される感触が伝わってくる。
 
 
「ガ…ッ!」
 
 
 へし潰れた呻きが犬の咽喉から迸る。ガクンと顎を反らせて、鼻血を撒き散らしながら仰向けに倒れる犬の姿が見えた。それら全てがまるで現実のものではないかのように見える。夢の中に紛れ込んだような虚ろな感覚。
 
 
「…ま゛、ぁ…」
 
 
 鼻血をだらだらと溢れさせながら犬が何事かを呻く。自分の名前かもしれないと真樹夫はふと思ったが、脳味噌が考えを深める前に、靴裏が犬の顔面を踏み潰していた。靴の踵で潰れた鼻頭を重点的に踏み躙り、時々足をあげ踵を叩き落す。
 
 
「ぎ、…ひっ、ぃ、い゛…」
 
 
 痛みに耐え切れないのか、助けを求めるように犬の指先が戦慄きながら宙を掻き毟っている。惨い痛苦に、ボロボロと涙が溢れている。鼻血と涙でぐちゃぐちゃになった面を見下ろしながら、真樹夫は空虚な自問自答を繰り返した。一体、こんな犬畜生の何に俺が傷付かなくてはならない。何一つとして傷付くことなんかありはしないじゃないか!
 
 
「…汚ぇ面だな」
 
 
 冷淡な眼差しで眼下の犬を眺める。腫れ上がった頬、鼻、血と涙と涎、目も当てられない程に醜い。元から造型が整っていない分、崩れると余計に薄汚い。
 
 それなのに、何故、何で、一体どうして、―――愛おしい。
 
 報復してやればいい。制裁してしまえばいい。傷付ける事が出来るならば、殺すことだって出来る筈だ。このまま殴り蹴り嬲り続ければ、いつかは死ぬ。それが面倒なら、銃で撃てば一発だ。首を絞めるって方法だって、ナイフで頚動脈を切り裂くって方法もある。
 
 それなのに、殺せない。愛しい、愛おしい、殺せない。
 
 自身の存在を根底から揺さ振るような狂おしい感情だった。これはペットに感じる感情なのだろうか。性欲処理の道具に感じる感情なのだろうか。一体、この感情は何だ。一体、この感情を何と言えばいい。
 
 靴の下で、犬が打ち震えて泣く。
 
 
「き、汚ぐで、ず、すんま゛せん゛…す、ずてな゛いで…くだ、…い…」
 
 
 殺されることよりも捨てられることを恐れる犬の言葉に、微かに慰められる自分が奇妙だ。どうして、飼い主が犬の言葉に一喜一憂しなくてはいけない。所詮犬でしかない。ゴミ捨て場で拾った粗大ゴミを、どうして自分は愛おしく思ったりする。不思議で仕方ない。奇怪で仕方ない。
 
 犬の鼻をぺしゃんこに踏み潰していた踵をそっと上げる。踵に鼻血が糸を引き、顔を顰める。床にしゃがみ込み、泣きじゃくる犬に顔を寄せた。
 
 
「小山、足開け」
 
 
 犬の顔面が悲痛に歪む。くしゃくしゃに歪めた顔を必死に左右に振る姿は、滑稽でもあり、いたいけでもある。
 
 
「い、い゛やです、いや゛で…」
「開け」
「いや゛です!」
 
 
 途端金切り声を上げて、犬が四肢を振り乱して暴れ狂い始めた。ギャアギャアと言葉になっていない喚き声を上げる。駄々を捏ねる幼児のようなその姿に失笑しながら、暴れる両腕を押さえ付ける。
 
 
「だがないで下さいッ! おれ゛を、だかな゛い゛で…ッ!」
 
 
 泣き喚きながら、必死で訴えかけてくる犬の姿に、切なさを覚える。そんなにも俺に抱かれたくないのか。傷付いた顔を見られたくなくて、犬の肩口に鼻先を埋めて呟く。
 
 
「抱かん。御前を抱いたりせん。やから、足開け」
 
 
 犬の瞳に疑惑が渦巻く。逡巡が滲んで、涙に濡れた瞳が揺らぐ。その瞳を至近距離から逸らさず見詰める。先に目を逸らしたのは犬の方だった。それと同時に、ぎこちない仕草で太股から力が抜けていく。柔らかく開いた太股を両手で押し広げると、犬の身体が大きく震えた。救いを求めるような眼差しで、犬が真樹夫を見詰める。その眼差しに、不穏に疼くものを感じた。疼きに任せて、下半身を犬の股間に擦り付ける。ズボンの布同士が擦り合うガサついた音が鼓膜に響いた。
 
 
「ひっ…」
 
 
 犬が咽喉を逸らして短い悲鳴を上げる。そうして、泣き出しそうな顔で真樹夫を凝視した。その恨みがましい眼差しに、微かに笑う。
 
 
「ほんまに抱かんけえ安心しい。こんなんオナニーと一緒や。独りで遊んどるのと一緒や」
 
 
 そんな訳がないのに、言い聞かせるように繰り返す。犬は戸惑ったような表情を浮かべた後、殆どそうと判別出来ない程の頷きを小さく返した。そのたどたどしい頷きに、馬鹿みたいに息が上がる。衝動に突き動かされるように、重なった下半身を上下に動かす。途端、犬が引き攣れた息を零した。
 
 
「ァ゛…ッ…」
 
 
 掠れた呼吸に惑わされる。眼下を見下ろせば、血塗れの面が見えて萎えるかと思うのに、それとは反対に下半身は熱くなって行く。ズボンが窮屈なぐらい性器が張り詰めてきたのが解る。同様に犬の下半身も勃ち上がり、熱を持ち始めている。唇から吐き出される呼吸が、震え、濡れ始めている。ズボン越しの熱の感触がもどかしい。ズボン越しに性器がゴリゴリと擦れ合って、犬の性器の感触に興奮する。布越しでも犬の性器が脈打っているのを感じる。こいつも俺の感触に興奮しているのだろうかと思うと、それが単なる自分の想像でも堪らなくなる。
 
 
「ふ、あ゛ぁ、…ッ゛ん…」
 
 
 犬の両脚を限界まで広げて、殆ど交わっているような体勢で布越しに性器を擦り付ける。夢中になったように犬の震える両腕が首筋に回ってくる。もし服がなければ、このまま張り詰めた肉を犬に突き立てていただろう。今すぐ内蔵を思う存分突き上げたい衝動を、下唇を噛み締めて堪える。荒っぽく腰骨を掴んだ瞬間、不意に犬が胸元に顔を埋めてきた。掠れた吐息に混じって、ぐすぐすと鼻を鳴らす音が聞こえる。
 
 
「ヒっ、ぅ…す、ずてな、…っで、……まぎっ、さん…すでな゛…ッぁ……おれ゛のこと、ずでなっ…で……」
 
 
 犬が泣きじゃくっていた。全身を小さく震わせながら、切実に願っている。その酷く聞き取りにくい鼻声を聞いた瞬間、今まで口に出したことのない、想像したこともない言葉が心臓の内側に生まれた。その言葉が思い浮かんだ瞬間、真樹夫は自分の脳味噌を疑った。は、一体俺はどうしたって言うんだ。そんな馬鹿なことがあるわけがない。神経回路か何かが狂ってるんじゃないのか。それでも、その言葉は消える気配はなく、むしろ心臓を猛烈なスピードで埋め尽くしていく。真樹夫を包んでいく。
 
 戦慄く犬の腫れた頬に額を押し付けて、小さく息を吐き出す。
 
 
「小山…」
 
 
 言葉を口にする代わりに、名前をそっと囁く。目を真っ赤に腫らした犬が真樹夫を見上げる。その唇が次の言葉を発する前に、そっと唇を落した。まるで幼稚園児がするようなたどたどしいキス一つ。ぽかんとした表情で小山が真樹夫を凝視していた。涙で湿った唇の感触に、胸が満たされる。どうしてこんなにも満たされるのか、答えは出ない。ただただ、あたたかい。
 
 
「ま゛きおさ…」
 
 
 声を聞き終る前に、掴んだ腰を強く上下に揺さ振った。途端、素っ頓狂な叫びが犬の咽喉から溢れる。
 
 
「やッ、あぁ゛…ッ!」
 
 
 布越しに犬の性器がビクビクと震えているのを感じる。限界が近いのか、いやいやするように犬が首を左右に振っていた。その仕草を見て、僅かに笑う。
 
 
「ん、ん゛ッ、…まきお゛さッ…あ、あ゛ぁ、ぁ!」
 
 
 最後はもう息を吐くだけで精一杯という感じだった。犬が背筋を反り返らせて、下半身を大きく震わせる。布越しに犬の性器が達し、痙攣しているのを感じ、一気に脳味噌が沸騰した。犬の痙攣も無視して、そのまま思うがまま乱暴なまでに犬の腰を揺さ振り、下半身を擦り付けた。
 
 
「ふあ゛ぁ、く、くる゛し…ィ!」
 
 
 達したばかりで強烈な刺激は辛いのか、犬の両腕が藻掻くように真樹夫の背中を掻き毟る。火傷のようなチリとした痛みを感じた瞬間、真樹夫もズボンの内に精を叩き付けていた。犬の腰骨を砕きそうな程、強く握り締めていると、犬のナカに撒き散らしているような感覚を覚えた。犬の内臓を濡らしている。
 
 そうして、これはもうセックスだと思った。オナニーなんかじゃない。独り遊びなどでは片付けられない。これは紛れもないセックスだ。しかし、真樹夫の背中を掻き抱いて、余韻のように小さく震えている愚鈍な犬は、きっとこれはセックスではないと思い込んでいるのだろう。そんな馬鹿な犬の額に、偶然のような仕草で唇を落としながら、真樹夫は自分の胸に生まれた言葉について考えた。真樹夫の人生とは無縁だった言葉。今までどんな相手にだって言ったことも思ったこともない言葉。馬鹿馬鹿しく、忌々しい、甘ったるい言葉。
 
 そんな言葉、目の前の犬には口が裂けたって言えやしないけれども。
 
 

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Published in touch'ボコ題

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