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08 泣きわめく(7)

 
 二日後に、真昼さんの葬儀が開かれた。
 
 歪んだ死に顔は綺麗に整えられ、真っ白な着物を纏った真昼さんはまるで眠っているかのように棺に納まっていた。幾人もの落涙が命を失った少女の上へと降り注ぐ。
 
 
 棺の傍に座り込む将真さんは、葬儀が始まった時から男泣きに泣いた。真昼、真昼と声をあげて慟哭する兄の姿に、参列客もつられたように啜り泣きの声を漏らす。泣き声とお経の声しか聞こえない、しめやかなお葬式だった。
 
 だが、その中で涙を流していない人がいた。将真の横に腰を下ろした真樹夫は、真昼が納まる棺を無表情に見詰めている。血の気を無くした真っ白な顔が泣くよりも深く、真樹夫の哀しみを伝えていた。
 
 
 庭先に立ち尽くしたまま、小山は真樹夫を見ていた。こんな時まで泣かない――泣けないあの人が悲しかった。だが、それを口に出すことは出来なかった。
 
 調理場に戻ろうと踵を返した時、ふと気がついた。庭の木の影に隠れるようにして、小さな少年が立っている。新しく組長になった男の愛人であり、死んでしまった少女に懐いていた子供だ。少年の右手には、庭の花壇から折ったであろう白い花が握り締められていた。手折られたばかりの瑞々しい花の芳香が小山のところまで漂ってくる。
 
 近付いて、声を掛ける。
 
 
「…どうしたんすか?」
 
 
 問い掛けても、少年は中々答えなかった。焦点のあわない視線はぼんやりと宙を彷徨うままで、その様子が酷く痛々しかった。
 
 
「それ、真昼さんに渡さなくていいんっすか?」
 
 
 少年が持った白い花を指差す。途端、少年の虚ろな視線が小山へと向けられた。
 
 
「わたせない」
 
 
 唇が殆ど動いていない。まるで幽霊のような実態のない声だった。その魂が抜けたような声音に鳥肌が立つ。
 
 
「渡せない、なんてことはないですよ。たくさん人がいて行き辛いなら、俺一緒に付いていきますから」
「渡す権利がない」
 
 
 宥めるような小山の言葉に反して、少年の声音は頑なだった。少年の掌がギリギリと花を握り締める。その痛め付けるような行為を止めたくて、視線を合わせるようにしゃがみ込んだ瞬間、小山は息を呑んだ。
 
 少年の顔色は真っ白だった。真樹夫と同じように。目はカラカラに渇いている。その瞬間、少年の哀しみが流れ込んできた。胸が苦しくなるぐらい悲哀に満ちた。悲しくないわけがないのに、涙一つ流せないこの子が切ない。
 
 
「俺が…渡してきましょうか?」
 
 
 白い花を握る少年の手を掴んで、静かに問い掛ける。小山の申し出に、少年が不思議そうに瞬く。
 
 
「あなたに渡す権利がないって言うなら、俺が代わりに渡してきます。それじゃダメですか?」
 
 
 少年の唇が微かに震える。躊躇うような困惑の戦慄き。少年は視線を落とすと、酷く掠れた声で呟いた。
 
 
「だめ、じゃない」
 
 
 そう言って、少年は小山の胸元へと白い花を押し付けた。そのまま何も言わずに、逃げるように走り去っていく。
 
 
 小さくか弱い背が消えるのを眺めてから、小山は葬儀場へと近付いた。ネクタイを締め直して、参列者の列に混じる。棺の前には直ぐに辿り着いた。
 
 眠りにつく真昼の姿をじっと見下ろす。金のショートカット、伸びやかな手足。優しい女の子だった。小山みたいな下っ端にも笑顔で話しかけてくれた。気遣ってくれた。胸の内に少女の温かい思い出が蘇って、小山の眼球を潤ませる。もう二度と笑うことのない冷たい頬の傍に白い花を添える。
 
 
「あの子、からです」
 
 
 届かない言葉を少女へと囁きかける。これは誰のための言葉なんだろうと思った。出来ることなら、生きている人のための言葉であればいいと思った。
 
 真樹夫が小山を見ている。棺の前に膝をついたまま、小山は真樹夫を見詰め返した。その色を失くした顔を見ていると、不意に涙が頬を伝って流れた。くしゃりと顔が歪んで、涙が止まらなくなる。
 
 
 ――泣かない人。泣けない人たち。泣くのなんてこんなに単純で簡単なことなのに、心のままに生きることができない人たち。
 
 
「小山、泣くな」
 
 
 表情を変えぬまま真樹夫が静かに呟く。溢れ出てくる涙を袖で拭いながら、小山は呻くように答えた。
 
 
「…はい」
「泣いてる暇なんてないぞ」
 
 
 そう言い放つ真樹夫の視線は、一人の男へと注がれている。喪主席に座る男、新しい組長、真樹夫さんの家族と認められない弟。彼の目もまた涙を流していない。その渇いた眼差しは、先ほどまで少年が立っていた庭の方へと向けられている。
 
 男を見据える真樹夫の眼球に、醒めた殺意が滲む。これから始まるのは血腥い抗争か。妹を弔うための復讐か。家族が殺し合うという残酷な現実が重たく圧し掛かる。
 
 
「…おれは、あなたに従います、から」
 
 
 掠れた声で囁く。殺せと言われれば誰でも殺す。死ねと言われれば、直ぐに死んでみせる。貴方のために何でもする。だから、お願いだから――
 
 
 真樹夫が小山を一瞥して、深く頷く。少女の頬に寄り添う白い花のように、色を失った真樹夫の頬。
 
 眼球から更に涙が溢れ出した。拭っても拭っても、涙腺が壊れたかのように止まらない。
 
 
――お願いだから、泣いてください。 
 
 
 噎せ返るような花の香りの中、両手で顔を覆って祈り続ける。泣き方を忘れた人達のために。それが誰にも届かない祈りだとしても、祈らずにはいられなかった。
 
 

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Published in touch'ボコ題

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